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 見慣れない制服を着ているから他校の生徒だろう。背はタカハシとぼくの中間くらい。前髪だけ洒落て伸ばした髪、整った凛々しい顔つき。なんとなく、美形な侍のよう。そして、相合傘。  どんな関係なのかな、などという疑問が過ぎる。  過ぎったけれども、ぼくの思考はそれを深追いすることを拒否した。驚きと複雑な表情を浮かべたままでいるタカハシの顔を見あげながら、ぼくはにこっと笑っていた。 「来ちゃった」 「来ちゃった、じゃねーよ!」  続けて浴びせられた怒声にびっくりして、笑いが引っ込む。タカハシが言ったのではなくて、彼の連れがあげたものだった。 「ふざけんじゃねーぞ、お前」  憤懣の影を形のいい二重の瞼に落とし、傘の柄を持っているタカハシの半袖シャツをぎゅっと掴む。 「なんだ、こいつ? 誰? なんでここにいんの?」  タカハシは困ったように彼を見つめ返した。 「今夜はオレとの約束だろ、宗太」  きつく畳みかける。それですっかりぼくは事情をのみ込んだ。  なるほど。先約あり、か。  美形侍はデートに邪魔が入ったといって怒っているのだ。  そりゃ、モテモテのタカハシの旦那だもの。アポとらなきゃご迷惑ってものだ。ぼくは、ここに来れば抱いてもらえるなどと安易に考えていたおめでたい自分の愚かしさに、ほとほと呆れかえった。  タカハシを見つめる連れの目は、ぎらぎらと燃えたつように情熱的で、それだけでどんなにタカハシを好きなのかがぼくにも伝わってくる。もうこの段階でぼくははっきりと負けを認めるしかなかった。およびでない、その一言に尽きた。 「あ。いいよ。ぼく、帰るから。ちょっと、寄っただけだから」  そう言って二人のいるのとは逆方向に歩き出した。駅は二人がいる方向なのだけど、すれ違うのはきまりが悪い。 「待てよ」  タカハシの深い、静かで優しい呼びかけに、思わず足が止まった。 「佳樹」  抗おうにも抗えず、ぼくは振り向いた。 「寄っていけ」  心まで射抜くような、まっすぐなまなざしがぼくを捉える。 「宗太!」  とっさに連れが非難の声を上げた。 「なんで? 今夜はオレの番だろ? こんなやつ連れ込んで、3Pでもやるってわけっ?」 「いや――ごめん、マサ。また、連絡するからさ」  すると連れの目尻が引き攣りあがる。 「は? なにそれ。オレに帰れってこと? ひどいじゃんか、そんなの」  なんだかぼくのせいで修羅場じみてきたな。やっぱりぼくは退散するのがいいのだろう。 「いいよ、ほんとに、ぼく――」  帰るから、と言いかけたところで、タカハシの声と重なる。 「こいつは、ただの後輩だよ。だからさ、マサ、察してくれ」  ただの後輩。  その真実が深く胸にくい込む。 「ただの後輩?」  マサと呼ばれた連れが疑わしげにぼくを見る。 「本当か、それ?」 「ああ。悪いな」  甘い響き。深い付き合い同士の。お互いをよく知っている者同士の…。  マサはむすっとほっぺたを膨らませて、タカハシの頬を両手で包み込んだ。 「こんなのは今日だけだからな。この埋め合わせは百倍にして返してもらうぜ」  不機嫌な声をたて、キスをする。乱れる舌まで見え隠れするキス。ここまで音が聞こえてきそうな、情熱的なディープキス。  傘をタカハシが手渡す。マサは鋭い視線でぼくを一瞥してから立ち去った。 「ごめん。約束の邪魔して」  なんて間が悪かったんだろう。お邪魔してごめんなさい。でもありがとう。本当に、ありがとう…。  タカハシが近付いてきたので、腕を伸ばして頭上に傘を傾けた。 「びしょ濡れだな。どれくらいここにいたんだ?」  すっかりいつもの調子になる。  三時間と素直に教えるのも気恥ずかしくて口ごもっていると、タカハシが傘の柄をひょいと取りあげて持った。家の方へとぼくの背中を押す――――と同時に、痛みの電流がぼくの背中を走った。 (っつ――!)  不安が襲う――。  こんな体で本当に大丈夫なのか。けれどもう、後戻りはできない。…したくない。 「ともかく中に入れ。ばあさんはもう布団の中だから、気にしなくていいから」  もう一度背中を押され、その言葉に導かれるようにしてぼくはタカハシの玄関をくぐった。

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