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十二
それでもすっと手に手をとられて口元に持っていかれたとき、いよいよ始まるのだというおののきが襲って、ぼくは逃げ出したくなった。
ぼくは臆病者だった。不安でいっぱいだった。
タカハシはぼくの片手をとり、目を伏せながら、指にそして指の股に、執拗に舌を這わせ始めた。始めぎょっとしたけれど、繰り返されるうちに異様な、もぞもぞした、ぞわぞわとした、やがて強烈な痺れとなった蠢きが全身に――とくに腰のあたりに――立ちのぼってくるのを感じて、ぼくは猛烈に困惑した。
薄く閉じられた流麗な瞳を間近にし、整った唇からときおり漏れる吐息を指先に感じて、裏に表に、巧みにぼくの指を責める舌が呼び覚ます惑乱した感覚に、ぼくはそれだけで感じ、息を乱し、激しく勃起した。
「…嫌――」
そんなふうにしないで。ヘンになってしまう――。そう手を引っ込めようとした、それをまるで感知したかのようにタカハシの舌がぼくの手を解放する。
火照った肌に甘い痺れが残った。もっとしてというみたいに、ぼくはかえって手を動かしがたくなった。
(やっぱり二桁もダテじゃないんだな――――)
それにしたってただ手を責められただけで勃起してしまう自分が情けなかった。
「本当にいいの? しちゃって」
いつになく暗い、陰影のある声だった。
ぼくは負けが決まった勝負のためにステージに上がるようなものだった。そう分かりつつ頷いた。理性はとうに麻痺していた。
耳朶 を噛まれる。じっと耐えていると痛みが強くなってきて、ぼくは小さな悲鳴をあげた。それでふっと解放される。続けざまに、首筋や鎖骨のあたりを食い付くようなキスやざらざらした舌先が責めたてる。
息が乱れ、胸で喘ぎ、心臓が暴れだした。
タカハシは慣れた手つきでぼくのシャツのボタンを外し、あらわになった肌をひとしきり撫でる。
「細いな」
「細いのは嫌?」
確かにこんなガラみたいのじゃ抱く気にならないかしら。
「壊れそうで怖い」
「壊れないから。ちゃんと抱いて。お願い」
「ちゃんと?」
「壊れ物みたいにして、手を抜かれたら嫌だよ」
「それはしない」
笑って答える。
脇腹に添えられていた掌が胸へと移動する。固い指先が別の生き物のようになって胸の突起を抓み、戯れた。
「ん…っ」
体の中心に痺れが走った。腰に再び、重い蠢きがわきたってくる。
喘ぎながら不思議に思った。
どうして、なんのためにこんなことをするのだろう。
気持ちよくさせるため? 乱れる相手を眺めて、愉しむため? それとも、ただのいたずら目的なのだろうか――? ああ、くらだない。なんて、いらない思考なんだろう。ぼくは、いつも。
「――ふ、」
乳輪ごと口に吸われて、強く噛まれた。舌で執拗に絡まれて、甘苦しさに身を捩る。
背中が痛んだけれども、すぐにそれすらも忘れてしまえるほど、快感の高ぶりに抗うことができない。腰に甘い痺れが興り重く纏いついた。
普段はその存在すら忘れているような恥所を責められ、初めて経験する快楽の昂りに繰り返し押し寄せられて、ぼくのペニスは短パンを押しあげるほどいきり勃ち、先走った液が漏れ出ていた。それを察したみたいに、タカハシが服の上から手を添える。そのまま包み込まれた。
「…ッ」
悲鳴を唇で吸いとられる。
タカハシの乱れ入る舌に強く導かれ、強く吸い込まれて、ぼくの舌が彼の口内にずるっと入る。その厚みを確かめるみたいに、何度も噛まれた。
ぼくは嗚咽の声を洩らした。
堪忍して、堪忍して…と。キスで犯されているみたいだった。
体を掬いあげられて、ベッドへと導かれる。彼に覆われながら横になった途端、背中に衝撃が走った。
「ウウッ!」
「なんだ…? どうした?」
タカハシが驚いて上体を起こす。ぼくは、懸命に首を振った。
「なんでもない。ごめん…」
本当は目に星が散るほどの激痛だった。けれど、この痛みに耐えなくては抱かれることなどままならない。
まもなくタカハシの手が肩に入ってきてシャツを脱がそうとしたので、ぼくは静かに抗った。
「シャツは、このままがいい」
切れ長の瞳に、怪訝そうな影がさす。
「脱がないのか?」
「うん」
「なぜ?」
「背中にひどい火傷の痕があるから、見られたくない。だから、お願い。このままにして」
タカハシは返事をしなかった。不審に顔を曇らせるタカハシの腕を、ぼくはぐっと掴んだ。
「見ないで。絶対にだよ――?」
念を押す。あれ。これってなんとなく夕鶴みたいだ。
『ですから与ひょうさま、このふすまをけして開けないでくださいまし。一目でも見られてしまったら、つうは、もう僅かもここにおられませぬ。』
――もし見られでもしたら、ぼくもここにはいられないんだよ、タカハシ。
「分かった…」
釈然としかねる顔でタカハシが答える。
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