46 / 70
p46
看護婦は目をぱちくりさせる。なるほど、みたいな感じで頷いた。
「ああ、そうね。そろそろ抜きましょうね」
えっ…ヌク?
ぼくは焦った。
じつはこの人はこう見えて看護婦のコスプレをしたソープ嬢かなにかなのかとまた頭が混乱した。
「あの…ヌクって…?」
「そっか。説明も受けてなかったんだもんね、キミ。背中の手術のために、尿管におしっこのチューブが入っているのよ。麻酔のせいで、自分でおしっこができなくなっちゃってたの。だから自然とおしっこが出るようにチューブを入れたんだけど、そろそろ抜いていい時間だから、抜きますね」
もうその「おしっこ」というワードが連発される解説だけでぼくは卒倒しそうだった。…アレにチューブが入ってるだと? 嘘だろ?
「じゃ、今から抜きますね~」
掛け布団をばっと剥がれる。
「エッ? ちょ、でもそんなの、い、痛くないんですかっ?」
「まあ。でも一瞬だから。だって、ずっと入れていたくはないでしょ?」
そう言いながらぼくの足を開いたり、いつのまにか着せられていた浴衣の裾を開いたりしてくれている間も、ぼくのソレは猛烈に痛む。ああ、でもなんてあられもない姿だろう。モロ出しだ。タカハシまだ寝ててよ、と心でお願いする。
「はーい、じゃ、抜きますね~。力抜いてぇ、ハイ息吐いてぇ、ふう~」
「…イ? イッッタ!」
なにこれ。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い…。首がのけぞる。
「はい、抜けましたよー。先生からも、もう歩いていいって言われているから、自分でおトイレに行ってね。そうしないと、またチューブを入れなくちゃいけなくなっちゃうから。今度は麻酔なしだから、入れるのすごく痛いよぉ? 特に男性はねぇ」
愉しそうに言う。看護婦ってSだったのか。知らなかった。
「点滴はガラガラひっぱって一緒に連れてってあげて」
では失礼しました~と言い残し、ぼくのペニスから出したチューブを片手に朗々と去っていく。嵐のような看護婦だった。
タカハシは変わらない姿勢で突っ伏し、さっきと同じリズムで背中が上下している。こんなに騒々しかったのに起きないなんて、そうとう寝不足なんだろう、可哀想に。
ようやくひと心地ついた気分で、ぼくは再び枕に頭を静めた。まったく。いきなりこんなにひどい目に遭うとは予想外だった。
チューブを抜くのはかなりしんどかったしいまもまだ鈍痛がするけれど、抜いてもらってとりあえずオマタとアタマがすっきりしたのは助かった。これでようやくなにかを考える余裕が出てきた気がする。
考えなくてはならないことは、たくさんあった。
図らずもちょっとばかり救い出されたような形になっている自分の今後について、想像を巡らせなくてはならないと思った。
これが本当に中途半端なままに、また家に戻されるのだとしたら。
そう考えると、気分がどすんと沈む。
ぼくは再び悟さんの奴隷に戻らなければならないどころか、一度逃げだしたぼくを悟さんは二度と許さないだろうし、むしろ怒りは増長しているだけだから、あの人はもっともっと過酷にぼくから自由を奪い、さらに痛めつける方法を考え出すだろう。
あの低温室でのセックスやしなやかで黒光りする鞭、あるいはそれ以上にぼくを罰するのに適したなにかを使って、ぼくにこれまで以上の苦しみを与えるに違いない。
(だから死にたいのか)
一時的にも自殺を免れたいま、再び自分に問うてみる。
お前は、まだ死にたいのか?
本気で死にたいと考えているのか?
だとしたら、なんのために?
やっぱり贖罪のため?
それとも、そんなものは単に悟さんから逃れたいがための、とってつけた方便なのか?
茫漠とした意識の中で聞いた「児童相談所に」という医者の言葉が現実なら、間違いなく彼らはまもなくぼくのところにやってくる。
両親の殺人事件の後でぼくを悟さんに押し付けた当人である彼ら――児童福祉司、児童心理士、代理弁護士と呼ばれる人たちが、またぼくの前にやって来る。
だとしたらその人たちにぼくは、自分が生きたいのか死にたいのか、悟さんから離れたいのか離れたくないのか、伝えねばならない。
今後どこで、どう過ごしたいのか…。
保護して欲しいのかそうでないのか…。
でも、そんなことを、いまのぼくがどう正しく判断できるだろう。
ぼくはつい数時間前まで本気で死ぬつもりだったのだし、死にたい、死ぬべきだと強く信じきっていた。
お母さんのせいで悟さんが苦しんでいるのならば、ぼくは彼への贖罪として、また自分自身が彼から解放されるためにも、死ぬべきなんじゃないかという気持ちをすっかりなくせたわけでもない。
ともだちにシェアしよう!