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第13話 おれが好き?
「書記官は歌姫の力で眠りに就いたが、再び蘇り、地上に戦禍をもたらすであろう——と記載されています。そして古文書通りに、彼は蘇ったということです。彼の目覚めから数年が経過し、追随するように歌姫の魂が貴方の中に転生しました。我々は彼が目覚めたその時から、貴方を巡って攻防を続けています」
「リガードがお前を連れて世俗から離れたのはそのためだ。魔法大臣だった彼は、その地位を捨て、お前を守り育てる任を引き受けた」
じいさんたちが、苦労している中で、呑気に平和を謳歌してきたというのか。
自己嫌悪に陥った。じいさんはきっと、おれに辛い思いをさせまいと、押し黙って、平然と振る舞っていたに違いない。
そっとサブライムに視線を遣ると、彼は頷いて見せた。
「奴が一番恐れているのは歌姫の存在だ。奴の執念はすさまじい。まるで蛇のようにしつこくお前を狙っている」
「蛇……。カースはなんの獣人なの?」
「その正体については、詳しい記載はありませんから。謎に包まれたままです。彼が何者であれ、剣術も魔術も秀悦であったということは事実です。大臣ですら彼には太刀打ちできず、彼一人を相手に、相当数の兵士たちが犠牲になりました」
そんな恐ろしい存在が、この世の中にいるのだと思うと、ぞっとした。
(カースはおれを捕まえたら、殺すつもりなんだ)
人から殺されるほど憎まれたことなんてない。どんな感覚かわからないけれど、ともかく怖いと思った。
「ってことは。おれが王宮にいたらまずいんじゃない? カースが襲ってくるかも知れないってことでしょう?」
おれの言葉にサブライムは「ぷ」っと吹き出したかと思うと、大声で笑いだした。
「凛空って面白いな! おれたちのことを心配してくれているようだぞ。どうだ。エピタフ。素直で、思いついたことをぱっと口にするあたりが、かわいらしいだろう?」
「か、かわいいだなんて。それって褒めているの?」
「褒められていませんよ」
エピタフはそっけなく言い放った。
「貴方が心配しなくとも、すでに戦端の火ぶたが切られているのです。カースは国内の獣人たちを抱き込み、王宮に攻め込む準備を着々と進めています」
「虎族と熊族の噂は聞いたけれど、それって本当の話だったんだ」
事はおれが思っているよりも深刻らしい。
「今回の猫族襲撃事件についても『王宮は獣人を救わなかった』という噂が国中を駆け巡っています」
「そんな! サブライムたちは、おれたちを助けようとしてくれたのに」
「いいえ。我々は猫族たちを救おうとはしませんでした。救おうとしたのは貴方だけです」
エピタフの言葉にサブライムは険しい表情のままため息を吐いた。
「王宮が非難されても仕方のないことだ。カースの襲撃は予測できていたというのに、おれたちは猫族を守る対策をなにひとつ講じていなかったのだから」
そこでエピタフが声色を変えた。
「先ほどの会合は、貴族院と呼ばれるものです。王を中心とした政ですが、重要なことはそこで合意を得ることになっています。今回の猫族救援部隊の派遣について、見送ると決めたのは、あの場でのことでした」
「——つまり、おれたちは見捨てられたってこと?」
「そういうことだ」
サブライムは大きくため息を吐いた。わかっている。きっとサブライムやエピタフは、おれたちを救う方法を模索してくれたに違いないんだ。けれど、あの雰囲気では。きっと獣人なんて嫌いな人ばかりなのではないかと思った。
「すまない。凛空。——おれは、もっともっと強い王にならなければならない。獣人も人間も。全ての者が自からの権利を守ることができる世界を作る。それがおれの願いだ。今回の件は、おれの不甲斐なさが原因だ。猫族の皆に、おれは謝罪しなくてはいけないのだ」
王様という立場は、けして楽ではないということを知った。サブライムの肩には、たくさんのものが覆いかぶさっているのだ。彼はそれを、一人で受け止めている。サブライムを非難することなんてできなかった。おれはじっと押し黙った。
かなりの時間そうしていたような気がした。しかし、ふとエピタフが口を開いた。
「我々は、貴方を一刻も早く歌姫として覚醒させなくてはいけないのです。犠牲になった者たちのためにも——」
「おれが死ねば魂も消えてしまうんじゃない。だから、カースはおれを捕まえて、始末したいんでしょう?」
その意見にサブライムは首を横に振った。
「そう簡単な話でもないのだ。カースは、歌姫の魂を消すのではなく、自分の手で覚醒させて、その力を取り込みたいようだ。歌姫の魂を手に入れたカースは無敵になる。我々は、歌姫以外にカースに対抗する術がない。いくら優秀な魔法使いであるエピタフの力を持ってしても、彼を封印することはできないのだ」
あんな恐ろしい敵に、おれが太刀打ちできるとは思えなかった。けれども、おれだって怒っているんだから。じいさんや雄聖はあいつのせいで死んだ。おれの大好きだった大聖堂もめちゃくちゃになった。風馬や先生たちは無事だろうか?
(許さないんだから——)
「おれはあいつが嫌いだ。あいつが歌姫の力を手に入れたら、おれみたいに悲しい思いをする人が増えるってことでしょう? そんなのは絶対に駄目だよ。おれになにができるのか、わからないけれど。できることがあるなら、やってみるよ」
「お前は……」
サブライムは「ふふ」と笑みを見せた。それからエピタフを見た。
「どうだ。勇ましいものだろう? なにもできない無力な自分を理解してなお、できることを模索しようとしているのだ。おれは凛空が好きだ。歌姫の魂など関係なくな」
(好き!?)
目を白黒させていると、エピタフはサブライムに冷たい視線を向ける。しかし、彼はそんなことなどまったくもって相手にはしない。おれの瞳をのぞき込むと、嬉しそうに笑みを見せた。
「お前に会えて嬉しい。ずっと前から、お前を迎えに行く日を心待ちにしていたのだ」
サブライムはおれが歌姫だから、こうして目をかけてくれているのだろう。勘違いしてしまいそうになる。彼は王様なのだ。本来であれば、出会うはずもない人なのだから——。
「凛空。エピタフに意地悪をされても気にするな。なにかされたらおれに言うのだぞ」
(意地悪というか。正直に言えば、嫌がらせだよね……)
そっとエピタフを伺うと、彼に睨みつけられる。おれは首を引っ込めた。
エピタフは冷たい声色でサブライムに言った。
「そんなに私がお嫌でしたら、遠ざけてくださって結構です」
「ほら。これだ。意地が悪いだろう? エピタフは、おれがそんなことができないのを知っていて脅すのだ」
サブライムは愉快そうに笑みを浮かべてから、「それよりも」と言った。
「ピスが心配している。王宮にはカースの息のかかった者が入り込んでいるのではないかと。だから凛空をここに置いておくのは心配だそうだ」
サブライムはからだを椅子に預けると、おれを見据えた。
「おれは。どこでもいいよ。置いてもらえるなら……」
「ほら。凛空もそう言っているぞ。エピタフ」
サブライムはにやりと笑みを浮かべた。彼は呆れたように大きくため息を吐いた。
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