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第35話 それぞれにできること

 エピタフに再会してから、更に数日が経過した。おれは食事と寝る時間以外は、博士と古文書の解読を進めた。 「月の神殿の場所。やっと予測がついてきたよ」 「え、本当に? どこなの?」  博士は王国の地図を広げてから、太陽の塔を指さす。 「当時の人々は月の神殿に頻繁に足を運んでいる様子が書かれている。ということは、太陽の塔と同じくらいの距離にあったのではないかと思うのだ」  博士は、鉛筆に紐を括りつけると、鉛筆のついていない端を王宮の上に置いて、指で押さえた。それから王宮を起点として、太陽の塔の上を通る円を描く。 「この円の範囲内にあると考えるわけだ」 「そうは言っても、随分と広いじゃない? どうやって探すの? なにか古の知識、そういう装置がある?」  博士は瞳をきらりんと光らせたかと思うと、おれの顔を覗き込んだ。 「人海作戦だよ」 「な、なに。それ……」 「つまりな。——みんなで手分けして探すんだ!」  博士はそう言った後、嬉しそうに笑った。 (なんだ……。結局はみんなで地道に探すしかないってことじゃない)  博士は飛び跳ねていくと、忙しそうにしているスティールを捕まえて、自分の仮説を説明した。きっと言い出したらきかないのだろう。スティールは半分投げやりな感じで、組員たちで月の神殿場所を捜索することに同意をしたのだった。  だが、少々遅かった。その日の夜、革命組のみんなはスティールの声掛けで集められた。おれが初めてアジトに来た時、みんなに囲まれた広い場所だ。彼はいつもとは違い、とっても難しい顔で立っていた。 「ついに決戦の時が来てしまったようだ」  組員たちが全て集まると、スティールはそう切り出した。そもそも集められた理由もわからない組員たちは、突然のことに騒然となった。 「もっと詳しく説明してくれ」  シェイドが声を上げる。スティールは頷いてから、再びみんなを見渡す。 「ここ数日中に連合軍が完全に出揃う。王が不在であるということを追い風に、連合軍は一気に王都に攻め入るつもりらしい」 (とうとう戦争が始まるのだ——)  おれの心臓がどきりと跳ねた。廊下の影から、そっとその様子を見つめていると、ふと背後に人の気配がした。更に心臓がどっきりとする。振り返ると、そこにはエピタフがいた。 「エピタフ。どうやってあの部屋から?」  彼は象牙色のローブを持ち上げて、足首を露わにした。そこには、部屋に拘束されているときの足枷はなかった。 「外せたの?」 「あんなものは玩具です。外さずに、つけているふりをしていただけですよ」 「性格悪いんだから——」 「まあ、シーワンにもそう言われました」 「シーワン?」  エピタフは、大して興味もなさそうに「老虎のことです」と答えると、広間に視線を向けた。エピタフが老虎のことを、みんなとは違った名前で呼ぶなんて。  いつの間に、そんなに仲良くなったのだろうか。問い詰めたい気持ちもあったが、それよりなにより。広間でのスティールの演説のほうが気になった。  おれはエピタフと一緒に広間に視線を戻した。中では、スティールの演説が続いていた。 「今日、おれはこの目で確認をしてきた。王都周囲に陣を張っている獣人たちは増している。カースの使役する黒鳥たちが連絡係になっているようだ」  総勢百名程度いる組員たちは、黙ってスティールの話に耳を傾けていた。 「対する王宮の戦力は、平時の三分の二しかない。モデスティの離反組がいるからな。現在、ピスが王代行しているそうだが、統率が上手く取れていない可能性が高い。そんな状況で戦争が始まれば、王都は壊滅するだろう。奴らはそれを狙っているのだ」  スティールはそこにいる一人一人に問いかけるように語った。 「おれたちは、おれたちの町を、おれたちの手で救おう。そのために、みんなの協力が必要だ。おれたち革命組は、この戦いに参戦する!」  再び広間は騒然となった。 「戦いになったらどうなるんだ?」 「人間対獣人の構図になるんだろう? 革命組はどっちにつくというんだ」 「おれのふるさとが戦いに巻き込まれたら困る」 「虎族と熊族がカース側になるなら、他の種族だってそうしないわけにはいかないだろう。人間に恩があるわけじゃない」  それぞれに思い思いのことを口にしていた。そのざわめきは地下の空間に反響して、更に大きさを増した。 「みんな、おれの話を聞いてくれ! おれたちは、戦争に参戦するが、それは、それは——」  スティールはその場を治めようとするが、とても鎮まる気配はなかった。みんなが不安で支配されていた。 「とうとう連合軍が王都周辺に集結するようですね」  エピタフは目を細めた。 「凛空の覚醒が間に合いませんでした。カースはこの混乱に乗じて、貴方を奪いに来るでしょう。貴方はどこにいても危険だということ。それならば、革命組に身を置くよりも、王宮に戻ったほうがいいでしょう」 「それって……」 「そうです。貴方がここにいる限り、ここにいる者たちが、危険に晒されるということです」  おれは息を飲んだ。 「貴方はサブライムの元に戻りなさい」 「戻りなさいって……。エピタフは戻らないの?」  彼はじっとおれを見つめていた。 「私も戻ります。しかし……。少々寄り道したいところがあるのです」 「寄り道?」   エピタフとの会話はそこで中断された。広間の騒ぎが更に大きく聞こえてきたからだ。みんなの瞳は不安を通り越し、恐怖で混乱していた。  ——歌姫の歌を!  ——救いを!  人々の喧騒に心がざわついていた。こんな光景を前にも見た。国民たちが|兢兢《きょうきょう》としている中。おれは——いや、歌姫は歌ったのだ。不安に苛まれた哀れな国民は、彼の歌声に安寧を求めたのだから。

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