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第39話 壊れた友情
シェイドと約束した半刻後、予定通りに南通路が爆破される音が聞こえてきた。おれたちも北通路を火薬で崩落させて脱出した。
博士が作った『火薬爆弾』の威力はすごい。爆発の瞬間、地面が大きく揺らいで、なにかに掴まらないと、立っていることが困難なくらいだった。
(シェイドが無事に合流できますように!)
おれは心の中でそう祈った。トロッコは静かに発進した。これで地上へと続く北出口に向かうのだ。
おれたちは互いに言葉を発することなく、ただ黙って暗い坑道を進んでいった。
なんだかうまくいきすぎている気もした。モデスティには、カースがついているのだ。一筋縄ではいかないはずだ——。心にもやもやと渦巻く不安。そこにいた誰もが、地上に出るまで口を開くことがなかったのだ。
そして、その杞憂は的中した。乗り物が地上に出た瞬間。その速度はゆっくりとなり、きいきいと錆びついた音を立てて止まった。
周囲には無数の光が灯っている。状況を理解したのだろう。スティールが両手を上げた。それに釣られて、博士も先生も——そこにいたみんなが両手を上げた。
おれは事情が呑み込めずにいたが、目の前にモデスティの姿を見て、すぐに理解した。おれたちはすっかり囲まれていたのだ。
(なんで……。アジトに引き込んだはずじゃ……)
彼らは弓矢や剣を構えていた。明らかにおれたちに対しての敵意が感じられた。
「予定通りに動いてくれるとはな。優秀な息子で嬉しいぞ」
一歩前に出たモデスティは、口ひげを撫でながらスティールに呼びかけた。モデスティの後ろに控えている配下たちは手に松明を掲げている。ゆらゆらと揺れる影は、まるで悪魔みたいに見えた。
そんな彼の隣から、もう一人の男が前に歩み出た。松明の灯りに浮かんだその顔に、はっと息を飲んだ。そこにはシェイドがいたのだ。
「シェイド!」
(捕まった?)
おれは心配になって彼の名を呼んだ。しかしそれは、的外れだったようだ。シェイドは捕縛されている様子もなく、そこにいたからだ。
「お前——」
スティールがシェイドを見据えた。
「すまないな。スティール。おれはカース様を崇拝しているんだよ」
シェイドは敵だった。この作戦は彼が言い出した。これは——罠だったのだ。
シェイドはおれたちをここにおびき出すために、あんな作戦を言い出したのだ。もしかしたら、アジトの中にはモデスティの配下は一人も足を踏み入れていなかったのかも知れない。
「おれは革命組に潜り込んで、ずっとあんたたちの動向を監視させてもらっていたんだ。老虎は単純馬鹿だからな。おれがカース様の仲間だなんて、微塵も思わなかっただろうよ」
そこでシェイドは先生に視線を向けた。
「先生に自分を大事にしろよって言われたとき、内心焦ったぜ。おれの正体を先生は見抜いていたのか?」
先生は軽くため息を吐いた。
「お前はまだ若い。いくらでも正しい道に戻ることができたはずだ。だがお前は戻ろうとはしなかった。残念だよ。シェイド」
信じられなかった。雄聖の時と一緒だ。あの時のじいさんもそうだった。雄聖の裏切りを知っていたのに、そのまま見過ごしていたのだ。人はいつか変われるというけれど。本当に変われるものなのだろうか。
仲間だと思っていた人に裏切られる気持ち。言葉にできない喪失感——。
カースという男は、こうして人と人との絆を弄ぶ。スティールの気持ちは、きっとおれが雄聖の時に感じたものと一緒ではないか。おれはカースのことが許せなかった。
モデスティを睨みつけると、彼は両手を広げて肩を竦めた。
「そんな怖い顔をするな。さあ歌姫よ。お前が我々と伴に来れば、ここにいる者たちの命は助けてやろう」
隣にいたスティールが、両手を上げたままおれに囁く。
「おれが引きつける。お前はこっそり後ろから暗闇に乗じて逃げろ。森に入り込めば猫は有利だろう?」
「でも——、スティールは?」
「おれたちは大丈夫だ」
(もう嫌なんだ。誰も犠牲になって欲しくない!)
おれは首を横に振ると、スティールの前に歩み出た。
「凛空!?」
スティールが動こうとすると、取り囲んでいた騎士たちが武器を構え直す。スティールは「ち」と舌打ちをして、両手を上げたまま動きを止めた。
「やめろ。凛空。本当にやめてくれ」
懇願するようなスティールの声を無視して、おれはモデスティを見つめ返した。
「おれたちと一緒に来る気になったのか」
「おれは——」
おれはモデスティを見上げた。
「おれは一緒には行かない! 今すぐにここから出ていくのは貴方たちだ!」
「なんと! ただ『帰れ』とでもいうのか?」
「そうだよ!」
「なんの権限があってお前はそんなことを言う? 歌姫のつもりか。覚醒もしていない黒猫の分際で。調子に乗りおって!」
モデスティの右手がおれの腕を掴んだ。さすがにこの国の軍隊をまとめ上げている人だ。彼の存在自体が人を威圧する。
おれの膝はかたかたと震えていた。けれどもここは譲れない。おれはまっすぐに、視線を外さずに言った。
「歌姫は関係ないよ! 貴方に我が子を撃つことができるの? スティールは自分の子でしょう?」
モデスティは不敵な笑みを見せた。
「笑わせるな。黒猫——。お前の言葉など、私にはなにも響かぬ。さあ、そんな駄々をこねるな。お前がさっさと我々と一緒にくれば、なにも問題はないのだ」
彼の瞳は焦燥感に駆られているように見受けられた。しきりに周囲を気にするような態度が気になる。まるでなにかに怯えているようにも見えた。
(モデスティの目的はおれだ。おれが彼と一緒に行けば、スティールたちは助かる)
そっとスティールを見る。彼の目は「止めろ、駄目だ」と言っていた。けれど、おれは首を横に振った。それからモデスティに視線を戻す。
「条件がある。それを守ってくれるというなら、おとなしくついていく」
「条件だと? まあいいだろう。さあ申せ」
「凛空!」
スティールがおれを呼ぶ声が聞こえてくるが、おれは知らんぷりをして続けた。
「おれが立ち去っても、ここにいる組員たちには手を出さないこと。それから……連合軍を引かせて。歌姫の魂を手に入れれば、カースの目的は果たされたも同じ。わざわざ王都に攻め入る必要はないはずでしょう」
「連合軍を? これはまた。ずいぶんと大きな取引を持ち掛ける黒猫よ。その度胸に敬意を示したいところであるが、そこまでの確約はできかねる。最終的に決定するのはカース様だからな」
モデスティは一旦、おれの腕を離すと姿勢を正した。それから左手を胸に添え、頭を下げると、右手を差し出した。あくまでも自分の意思でカースの元に来い、ということなのだろうか。
おれはその手を見つめる。彼が約束を守るとは思えなかった。しかし今ここにいるみんなを守るためには、こうするしかないのだ。
「さあ、お手を取ってください。歌姫よ」
(この手を取ったら……)
おれは緊張していた。
「駄目だ! 凛空!」
おれは、そっと手を差し出した。おれの指先がモデスティの指先に触れようとしたその時。おれたちの間を、弓矢が通過して地面に突き刺さった。この弓は——。
「誰だ!」
モデスティは忌々しそうに叫び声を上げた。
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