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第41話 王宮と革命組
久しぶりに訪れた王宮の雰囲気は、がらりと変わっていた。ぴりぴりと張り詰めたような空気。花が咲き乱れていた中庭にも、豪華絢爛な造りの廊下にも、いたるところに甲冑姿の騎士たちが忙しそうに行き交っていた。
「帰ったぞ。ピス。モデスティとその一味は、全て地下牢に捕らえた。地下牢がいっぱいだぞ。もっと大きくしないといけないな」
サブライムの声に執務室で地図を眺めていたピスは顔を上げた。それからおれたちに視線を寄越した。
おれの後ろにはスティール。そして博士と先生がいる。彼は一人ずつ順番に見た後、おれに視線を戻した。
「凛空。お帰り。無事でなによりだった。危ない目に遭わせてしまって申し訳なかったな」
彼は頭を下げる。おれは両手を振って「やめてください」と首を横に振った。
「太陽の塔がカースの罠だったなんて、誰も知らなかった。ピスのせいじゃないです」
ピスは不本意そうに小さく頷いてから、スティールたちを見た。博士は「ふん」と鼻を鳴らした。
「堅物ばっかり揃えているからそういうことになるんだ。そもそもラリなんて男、胡散臭かっただろう。太陽の塔を守護する一族が惨殺された時、見るも無残な死体がゴロゴロしていた。あの中で生き残るなんて奇跡に近いぞ。生き残った奴を疑うべきだったな。堅物くん」
博士はきっぱりと言い切った。ピスは眼鏡を押し上げて、むっとした表情を見せる。
「そう決めつける方が堅物なのではないか? お前たちは、王宮への協力を怠った。古の技術を乱用し、世界の秩序を乱す。お前たちのほうが悪質である」
「まったく昔と変わらないね! 自分がいつも正しいと思っているんだろうけど。革命組の仲間をかたっぱしから捕まえておいて、誰があんたたちに協力するって言うんだよ」
ピスは銀縁の眼鏡を押し上げてからため息を吐いた。
「拘束しているお前たちの仲間は、みな地下牢にいるが、待遇は悪くないはずだ。モデスティに処刑されるよりはマシだと思うがね」
そこでスティールが、はったとした様子で言った。
「まさか。ピス。我々の仲間を拘束していたのは——」
「モデスティはお前を取り戻すために、革命組のメンバーを減らす算段をしていたのだ。軍に見つかれば拘束では済まない。捕まえた順に殺されていただろう。彼らの命を助けるために、かなりエピタフには骨を折ってもらっていた。軍よりも先に革命組を確保するためにね」
「エピタフが?」
スティールたちは顔を見合わせた。革命組からしたら、エピタフは敵の総大将みたいなものだったが、真実は逆だった——とういことだ。エピタフはモデスティよりも先に革命組のメンバーを捕まえて、安全な地下牢にかくまっていたということだ。
スティールは頭をかいた。
「おれの浅はかさ故に生んだ結果か。あーあ。なんなんだよ。おれはまだまだお子様ってことかよ!」
ピスは朗らかに笑った。
「スティール。少しは大人になったかと思ったが。王危篤の偽情報も信じていたそうではないか」
「くそ!」
スティールは両手で頬をぱんぱんと叩いてから、手を胸のところに置き、頭を下げた。こうしてみると彼は優雅な身のこなしをする。おれたち一般庶民とは違うのだ。スティールは貴族の子息だった。
「申し遅れましたが……。父がカースに惑わされたのも、元はと言えばおれの愚行が原因——。度重なる非礼、どうぞお許しください」
「愚行と言うな。お前はお前の信念があったのであろう。お前を信じて命をかけてきた者たちに失礼だ。そんなことを言うものではない。だが、その無鉄砲な行動が、お前の父を追い詰めた。それもまた事実」
ピスはそう言ってサブライムを見た。サブライムは小さく頷く。二人の間で、スティールのことは決まっているようだ。
スティールは頭を下げたままだ。
「その罰はなんなりと。身をもってお受けいたします」
「ならば後程。お前にはしかるべき処遇を与える」
ピスは低い声で申し伝える。
スティールにはどんな罰が与えられるのだろうか。おれは気が気ではなかった。サブライムを見るが、彼は愉快そうに笑みを浮かべるばかりだ。
(もう! 本当に王様ってお気楽なんだから!)
「エピタフの姿が見えぬな。かなりの重症を負ったと聞いているが……」
「おれが診たから大丈夫だよ」
先生は「ふん」と鼻を鳴らす。
「先生。この度は、色々とありがとうございました」
先生は、かなりの有名人なのだろうか。ピスが頭を下げるくらいの人だ。只者ではないということだ。
「先生が診てくださったのです。まだ動けないほどの重症ではあるまい」
サブライムは「ぷ」と吹き出した。王宮への道すがら、エピタフが老虎と一緒に虎族の説得に行ったと説明をすると、彼はお腹を抱えて笑っていたことを思い出す。
「どういうことなのですか?」
笑いを堪えているサブライムの様子に、不満気な表情を見せるピス。スティールは「あの」と声を上げた。
「エピタフは、おれの仲間と一緒に虎族の説得に行っています」
「なんですって?」
ピスは「信じられない」という表情を浮かべた。
「エピタフは仮にもこの国の魔法大臣。私欲を優先し職務を全うしないなど、言語道断——」
しかしそれに難色を示したのは博士だった。
「またかい! だから何度言わせるつもりだい。昔からそう。全て自分が基準。自分以外の人間が行うことを非難ばかりする嫌な奴だった。いいじゃないか。虎族の説得に成功すれば、連合軍の結束は崩れるのだ。この堅物クソジジイめ」
「クソジジイとはなんだ。縞栗鼠が! エピタフを返せ! お前が焚きつけたのか!」
「縞栗鼠でなにが悪いんだよ? あの兎一匹不在になったくらいで、ぎゃあぎゃあと喚くんじゃないよ!」
二人は取っ組み合いを始める。いつもは冷静なピスと博士なのに。まるで子どもの喧嘩のようだ。スティールがおれに耳打ちをした。
「あの二人、上級学校の同級生で、当時から仲が悪かったらしい。博士がおれに協力してくれている最大の理由は
『ピスを出し抜きたい』だからね」
そこで先生が間に入った。
「お二人とも。ここでいがみ合っている場合ではないのですぞ」
「いい加減にしないか!」
二人はサブライムの一喝で動きを止めた。
「お互いに複雑な思いがあることは理解できるが、この難局を乗り切るまで、その件はおれが預かろう。協力して欲しい。頼む」
サブライムは頭を下げた。バツが悪いのはピスと博士だ。大人げない行動であった、と思ったのだろう。二人は気まずそうに掴んでいた手を離し、それから「すまなかった」、「こっちこそな」と謝罪し合った。
「それでは改めまして。作戦会議を始めます」
ピスは咳払いをすると姿勢を正した。それを機に、そこにいた者たちは椅子に腰を下ろした。
サブライムの右手には、ピスを筆頭に大臣たちが並んで座った。それと対峙するように、左手にはスティールと博士と先生が座る。おれはどうしたものか、と周囲を見ていると、サブライムが手招きをしてくれた。
「凛空はこっちだ」
彼の近くに歩み寄ると、すぐ隣の椅子に座るように言われた。
「え、おれは……。聞いてもわからないし」
「よくない。お前はここだ」
なんだか居心地が悪かった。
おれが椅子に座ったのを見届けてから、サブライムは「戦況は?」と声を上げた。
作戦会議が始まる合図だった。
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