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第43話 友情

 ぼんやりとその様子を眺めていると、ふと隣にいたピスがおれに耳打ちをした。 「太陽の塔から帰還した後のサブライム様は、以前から着々と準備してきたことを求心的に実行した。その手腕は私でも驚くべきものだった。あのお方はずっとこの時を待っていたのだろう。この危機的状況を逆手に取り、貴族院の意見をまとめ上げた。ここから王宮が劇的に変わる。獣人たちも胸を張って歩ける王宮にな——」  難しい話はわからない。けれどきっと、サブライムは皆が認める王となった、と言うことだ。視線を戻すと、サブライムはスティールに頭を下げたところだった。 「スティール頼む」 (スティールはわかってくれるよね? サブライムの気持ち)  スティールは咳払いをしてから、博士や先生を見た。二人は大きく頷いた。 「あんたの決定に異論を唱える者がいるもんか」 「まったくだ。お前は立派なおれたちのリーダーだろう」  二人はスティールの肩を叩く。彼は戸惑った表情をしていたが、二人に背中を押されて、心が決まったようだ。大きくため息を吐いて肩を竦めた。 「わかったよ! わかった。すっごくカッコ悪いじゃないか。革命組なんて作って、王宮を飛び出したのに。なんだよ。戻るのか? あー、カッコ悪いよ。これなら一層のこと、革命組のまま死んだほうがマシだ!」 「そんなことないよ!」  おれは思わずそう叫んでいた。 「スティールが作った革命組は、人間と獣人が手を取り合っていた。人間だとか、獣人だとか言う人は一人もいなかったし。みんなが自分たちの信念のために命がけで戦える人たちだった。その革命組を作ったスティールは、とってもかっこいいと思う」 「お前——」  スティールは頬を赤くした。 「王都にはない、あの雰囲気。みんなが生き生きとしていて、とっても輝いていた。スティールとサブライムが仲直りをしたら、きっと……。王都や王宮も、あんな雰囲気に包まれるんじゃないかって思うんだ」  おれの言葉を受けて、サブライムは笑う。 「あんまり凛空が褒めると、おれとしては面白くないと言いたいところだが。おれからも頼みたい。おれに協力してくれ。お前の力が必要だ。スティール。昔みたいに、三人で夢を叶えよう」  スティールは口元を緩めると胸に手を当て、深々と頭を下げた。 「王。こんな私をお許しいただけるのであれば。謹んで大臣の銘を賜りたく思います」  そこにいたみんなが声こそ上げないものの、ほっと安堵の雰囲気に包まれた。これで戦いの準備はできた。サブライムは満足そうに口元を上げると、周囲を見渡して声を張った。 「この危機的状況をみんなで乗り切る。王都民にも通達を出せ。自らできることを考え、そして助力できる者たちを募れ。誰でも構わない。種族や身分は問わない。スティール。それはお前の仕事だ。——やれるか?」  スティールは一瞬、目を見開いて驚いたような顔をしていたが、すぐに不敵な笑みを見せる。 「荒くれ者たちをここまでまとめてきたんだ。おれにやれないことはない」 「期待しているぞ」 「任せておけ」  スティールの返答にサブライムは満足したように頷き、それからピスに視線を向けた。 「引き続き各種族の動向を丁寧に監視してくれ」 「承知しました」  みんなが輝かしい王の言葉に耳を傾け、彼に命を預けようとしているように見えた。 「博士、おれたちは飛空艇が欲しい。防御は魔法省に任せたい。そのために魔法使いたちを乗せて自由に空を飛べる船が欲しいのだ」 「飛空艇はアジトに置きっぱなしさ。人手さえあればすぐに動かせると思うよ」 「それは文化省と自然省に任せる。厚生省と商農省は後方支援だ。籠城戦になる。食糧の確保、治癒体制の拡充を頼む。先生にも助力願いたい」 「アジトに置いてきた薬草を取りに行きたいね」 「厚生省の者たちに行かせよう」  博士と先生は嬉しそうだ。自分の腕の見せ所、ということだろう。 「司法省は町の中の治安維持だ。カースの間者が紛れているかもしれない。いくら仲間と言えど、よく警戒して振る舞うように注意喚起しろ」 「承知しました」 「それでは、持ち場に戻れ。明日の早朝が勝負だ。それまで役割を果たしつつ休息をとれ。以上、解散——!」  それぞれの役割分担が決まると、この会合は散会となった。 *  みんながいなくなってしまうと、おれはどうしたらいいのかわからなくなった。広い作戦会議室に残されたのは、おれとサブライムの二人きりだった。サブライムは机の上に広げられている王都周囲の地図を熱心に眺めていた。  なんだか静かすぎて居心地が悪かった。 「あ、あの」  そっと彼に声をかけると、サブライムは地図から視線を外さずに「なんだ?」と返答した。 「あ、あの。あのね。おれは……おれだって、なにかできるよ。王宮の奥に閉じこもっているなんて嫌だ」  サブライムは「そうだな~」と呟くと、ふとおれに視線をくれた。サブライムの瞳に見据えられるだけで心臓が跳ね上がった。  サブライムと再会してから、二人きりになるのは初めてだ。自分が彼を「好きだ」と自覚してしまった今、こうして二人だけになってしまうと、高鳴る心臓をどう抑えたらいいのかわからないのだ。 (恋だ。これが恋っていうもの。切なくて、苦しいけれど、こうして好きな人が目の前にいると、——もう! 恥ずかしくて死んでしまいたい!) (いやいや嘘だ。死んだらダメだ。死ぬわけにはいかないんだから!) (でもでもでもー! ど、どうするんだよ。サブライムのこと、ちゃんと見られないじゃないか!!)  自分の中にいる自分と対話をしながら、耳を両手で押さえる。恥ずかしくて熱くなった顔をサブライムに見せるわけにはいかない。彼がこちらに向かってくる気配に、おれは思わず後ろを向いた。 「お前はなにもするな」  背後から優しいサブライムの声が響いた。 「でも……みんなが頑張っているのに……」 (おれだけ、なにもしないわけにはいかないじゃない……)  そう思った瞬間。サブライムの長い腕が伸びてきたかと思うとおれを後ろから抱き締めた。 「ひゃあ! な、ななな。なにをするんだよ!」  思わず振り返ってしまった。 (だ、か、ら! サブライムの目を見ると、おれ……変な気持ちになるから)  サブライムは振り返ったおれを更に抱き留めたかと思うと、おれの膝の後ろに腕を差し入れて、ひょいと抱え上げた。おれは慌ててサブライムの首にしがみつく。しっぽがぴんと伸びてから、からだにぺたりと巻きついた。 「やっと二人きりになれたな。凛空」

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