27 / 30

第27話、繋がる

「ちっ」 「せ、んせい……何で?」 「レオンが言ってた奴ってコイツか! オレが知ってる奴と全然顔が違うじゃねえかよ」  ケミルが叫ぶように口にする。やはり違っていたみたいだ。 「アンタ一体いつから生きてる?」 「知っているのかサーシャ」  ランベルトからの質問にサーシャが忌々しそうに口を開いた。 「知ってるも何も、うちの主人を殺した張本人だからね。青いカルト教団の教祖本人だ。だからレオンを知っていたのか」 「あの男は青の一族の血を引きながらドラゴンにもなれない、青いドラゴンの魔法さえも使えない出来損ないだったじゃないか。生きる価値もない。それに比べてレオン・ミリアーツ君は素晴らしい変化を遂げてくれたよ。本当は男児を産ませる為に子宮を作ったんだがな。まあ、青の一族が復活したのなら、青の一族が王になるべきだろう? ミリアーツ君は皇后の座につかせる」  ザウローの言葉を聞いて、サーシャが顔を歪める。 「お前たち……スライムと拘束だ」 「はい!」 「「あいっ」」  サーシャに答え、ベッドの下にいた三人が元気よく返事をした瞬間、ザウローの体は水色のスライムの中にいた。 「なっ! くそ、何だこれは!」  スライムを取り囲むように上から白と青の紐がまるで結界のように絡みつき、実質上縛られた形になっている。  それでも子どものかけた魔法だ。  手間取ってはいたものの、拘束からは逃れていた。  かえって刺激してしまったようで、こめかみに血管を浮き上がらせてザウローが怒りに肩を震わせている。 「くそ、この紛い物どもが!」  標的とする矛先が子どもたちに向こうとしていた。  青い炎がザウローの手に宿る。 「アンタ……まさかアンタも青の一族なのか!」  サーシャが言うと、皆も目を見開く。 「そうだ。だったらどうした!?」  ここまで熱狂的に青の一族を支持する理由が分かり、舌打ちした。そのまま自らが王になる事で復活させる気なのだ。その隣の座に自分を欲している。  ザウローの魔法力が増していく。バチバチと音を立てて、体の周りに青い雷光をまとわり付かせていった。  ——このままじゃ、犠牲者が出る!  レオンは咄嗟に魔法壁を張り巡らせた。  以前作った防御壁よりも何倍もの大きさになっている青い膜だ。  円形になるように組み、ザウローを上下左右どちらへも行けないようにする。  青いドラゴンの気は扱いにくくて、今までは上手くいかなかったが、ここに来て初めて特訓の成果が出た。 「レオンはお前にやらない!」  ランベルトが攻撃態勢に入っているのが分かって、周囲が巻き添えを喰わないようにレオンも防御壁の強度を底上げさせる。  貧血が酷くて視界がブレた。その度に結界が不安定になるのを必死で堪える。 「……っ!」  ザウローは加えられる魔法力と押さえられる魔法力との板挟みになり、やがて力尽きたように地に伏せていく。 「ランベルト!」 「……」  呼びかけに気がついていない。龍人族特有の瞳が縦に広がり、威嚇し続けていた。 「ランベルト!!」  大きな声で呼びかけると、ランベルトの肩がピクリと動いた。 「こいつレオンが欲しいんでしょ? 何で止めるの? 逃げたらまたレオン狙われるでしょ。そんなの許さない」  低音の声で紡がれる。 「でも殺しちゃ……駄目だ!」 「嫌だ」 「ランベルト!! お願いだ……お前にそんな事して欲しくない。お前の力は……そんな事をする為にあるんじゃない!」 「レオン……」  ランベルトの体から放たれていた魔法量が減っていく。それに合わせてケミルを見た。 「ケミル! 早く……捕まえてくれ。これ以上……っ、魔法壁も……もたない」  ケミルが気絶しかけているザウローを取り押さえて拘束するなり、外にいる警備員に引き渡す。 「忌々……しい。肝心な……時、には、役立たずな……くせに! まるであの女の番のようだな、ランベルト・イルサル! 昔から……ッ、お前がいたから色々と予定が狂った!」 「まだレオンに何かする気なの。それならお前が持つ魔法力を全て壊す!!」  捨て台詞を吐いたザウローにランベルトが魔法力を最大にした状態で今度は高等拘束呪文を唱えた。  それからは身動き一つ取れなくなったようで、大人しくなる。  ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間だった。 「あの人を侮辱する言葉は私が許さない! アンタも地獄を見るといい。同じ目に合わせてやるから覚悟するんだね。前王暗殺もアンタがかんでるんだろ。洗いざらい喋って貰おうじゃないか」  ちょっとこいつ借りるよ、と言ったサーシャがザウローを浮遊させて警備隊と一緒に部屋を出て行く。その後ろ姿を見送った。 「オレ、あの人は怒らせないようにしよ」  静かな室内にケミルの声が響いた。    ふと目を覚ますと、エスポワールと双子を真ん中にしてランベルトを入れた四人で乱雑に寝ていた。  点滴や輸血をし易いように考慮されたのか、レオンはベッド端に寝かせられている。  喉が渇いて点滴スタンドを押してキッチンへと歩こうとすると、眩暈でよろけてしまった。  腰の高さのアンティークキャビネットにぶつかってしまい、結構大きな音が立った。 「いった……っ」  曲げていた腰を立てる。眩暈がして、世界が回った。  そのまま転倒してしまうと身構えていたのだが、寝ていた筈のランベルトに支えられていた。 「良かった。間に合った!」 「ごめん、ランベルト」 「レオン大丈夫? また魔法でも血液を追加しよう」  ランベルトがそう言うなり、呪文を唱え始める。以前よりもスムーズに掛けられていて、感心してしまった。こういう努力を惜しまないランベルトは好きだと再確認した瞬間でもある。 「ん……。そういえば医療魔法師はどうなったんだ?」 「顔を変えられて牢獄に入れられていたよ」  殺されていなくて良かったと安堵する。 「ザウロー先生は?」 「サーシャからかなりのお仕置きを受けた後、脱出不可能な防御魔法をかけた牢獄に入れているよ。魔法力も壊してるからもう何も出来ない。それと、前国王暗殺の発案者もあいつだった。全ての起因はあの男だったよ。ここの結界を一部分だけ一時的に無効化させる魔法具を持ってた。どうやって入手したのか問い詰めているとこだ」  腰を支えられてベッドに腰掛けさせられた。  残念ながら記憶には無いが己の父を殺し、またランベルトの家族迄もを手にかけたのが、記憶に残る教師だったというのは精神的にキツイものがある。  何よりあんなに感情を露わにしたサーシャを見たのは初めてだった。 「そうなのか……」  どんな言葉を口にしても、全てが軽く聞こえる気がして迂闊に口を開けない。逡巡していると、頭に大きな手を乗せられた。 「レオンは考え過ぎるきらいがあるって言ったでしょ? 俺は大丈夫だよ」  口付けられ表情はすぐに見えなくなったが、ランベルトの顔が強張っているのに気が付いてしまいその首に腕を回す。 「考えすぎなわけ無いだろう! お前全然大丈夫な顔してない! 泣くならこういう時に泣け!」  少し驚いた表情をしたランベルトが柔らかく表情を崩す。 「魔法大学院を勧めてくれたのって兄貴でさ。少し違う世界を見て遊んでこいって言って笑ってた……レオンと薔薇の片付けしてて実家からの呼び出しで此処に戻ってきた時に、争い事が起きそうだから戻ってきてくれないかって父……王に言われたんだ。でも兄貴は大丈夫だから戻れって。だから俺……王の誘いを断った。レオンに会えなくなるの嫌だったから。でも結局あの日レオンにも逃げられちゃって、その後皆んな殺された。罰があたったんだと思った。俺が居ればもしかしたら何とかなったかもしれないのに、俺はいつも肝心な時に上手く出来ない。あの男が言った通り、役立たずもいいとこだ。能力だけ高くても仕方ないのにね、こんな出来損ないなんて誰が必要とするんだろう。だから俺なりに考えてこの国も立て直したよ。詫びと弔いの意を込めて。これで正しかったのかは分からないけど。それに、やるべき事やってからレオンとこ行かなきゃ、また軽蔑されて逃げられるんじゃないかと思った。こういう言い方したら冷たいと思われるかもしれないけど、俺はレオンに嫌われるのが一番怖い」  ランベルトの涙を拭いてやりながら、また口付けた。

ともだちにシェアしよう!