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第6話 僕の、日常
仕事は図書館の司書。
閉館日は毎週月曜日。
それからもう一日、僕は木曜日を自身の定休日にしている。
接客業、でもあるのかな。
土日はやっぱり少し忙しくて、週末を自身の定休日にしている人はあまりいない。
それぞれに担当する本の分野が決まっていて、僕は小説担当。
仕事は、楽しい。
貸し出しとかの手続きは今の時代、全部、自動でできるから、僕らの仕事は返却された本を元の場所に戻すこと。
それから大事な本に損傷がないか、誤った場所に戻されてないかの確認をすること。
あとは、毎月、各フロアごとに紹介する本の紹介文を作って、本を並べたり。
たまに朗読会のイベントなんかもする。基本的にはボランティアの人が来て、子どもたちへ絵本の読み聞かせをするから、その会場設営とか、見守りとか。
そんな感じ。
残業は基本ないけれど、遅番がある。
曜日のシフト以外に時間帯もシフトで分かれている。だから、遅番の時に、配架、えっと、配架っていうのは返却された本を元の場所に戻すこと。この仕事が一番、多くて、一番やるかな。この配架の時に本の破損がないか、汚れがないかをしっかりチェックしてから戻す。だから配架の量が多いと残業になってしまうこともある。たまにだけれど。
それから本って案外重いから、結構力仕事もある。
小説はそもそも好き。だから好きなものをそのまま仕事にした感じ。
仕事が終わると、自分で借りてきた本を読んで過ごす。
だから、テレビは自宅にない。もしも見たかったら、タブレットで見ればいいし。
必要なニュースとかは全部ネットで取れるし、不便だと思ったことはない。
退屈、だと思ったこともない。
甘いチョコレートを食べたことがない人が、あのブラウン色を見ても味の想像ができないみたいに。毒々しいほどカラフルなゼリービーンズの味を知らないから、ただ毒々しい色だなと決して手を伸ばさないみたいに。
僕はこの生活を退屈だと思ったことはないし、他の人の生活がどれだけ刺激に溢れてるのかもわからない。知りたいとも思ってない。
いなかった。
僕の毎日は今までので充分だった。
「最近、よく休憩時間に音楽聴いてるね」
「あ」
「お疲れ様です」
話しかけてきたのは近藤さんっていう女性スタッフ。僕とほぼ同じ歳で、担当しているのは児童書。たまに自身で読み聞かせとかをする。
今日は遅番らしい。遅番の人は昼休憩は設けられていなくて、夜に一時間の休憩がある。そこで夕飯を済ませる人もいるけれど、僕は自宅で済ませる時とここで食べる時が半々くらい、かな。
「小説、最近、いいのない感じ?」
「あ、いや……そういうわけじゃないんだけど」
最近は休憩時間には、音楽を聴くようになった。
あ、あと、行き帰りもだ。図書館までの行き帰りも音楽を聴くようになった。
ワイヤレスイヤホンを買ったし。ワイヤレスだからとても便利なんだ。
自宅でもイヤホンをしたまま料理とか掃除をしたりして。
今までは電車の中でみんながスマホをいじっている中、本を読んでいたけれど。今は音楽を聴いている。
お気に入りは去年の秋くらいに配信した曲。メロディラインに彼の声がとても合っていて、細かいことを言うと、「届かなかった」っていう歌詞の部分で声がぎゅっとするというか、しゃがれるのがすごく好きでそこを聴く時は耳を澄ましてしまう。
本家というか、本当のその歌を歌っている人のは聴いたことが一回だけ。
お気に入りなのは、本家の方のじゃなくて、オオカミサンが配信している方の。
ここの最近のお気に入り。と言っても、聴くようになったのがそもそもすごく最近のことだけれど。
でももう何度も繰り返し聴いていて、百七十万回再生のうちの、どのくらいだろう、二十くらい? いや、三十くらいは僕が再生した回数。
ちなみに、オオカミサンの動画配信リスナー登録者数、百五十万万人のうちの一人でもある。
「あ、そうだ。近藤さん、来週音読会だっけ」
「あ、うん。そう」
「もう読む絵本、決めたの?」
「一応ね」
仕事は図書館の司書。
図書館って基本、静かにするの場所。
趣味は読書。
読書は無音でするし。
自宅にテレビはない。
だから自分の部屋の中も静か。
僕の日常には文字が溢れていた。
けれど、とても静かで静寂な日常、だった。
「あ、それじゃあ、僕、そろそろ、あがります」
「はーい」
そんな僕の日常に音が、する。
彼の音楽が、する。
「お疲れ様です」
ぺこりと頭を下げて、階段を駆け降りる。普段はそのまま駅へ向かうのだけれど。今日は、ちょっと――。
イヤホンもなし。
今日は。
「おーい、佑久さん」
「!」
ちょっと。
「図書館、お疲れ」
「お、お疲れ様、です」
「あははは、まためっちゃ走ってきた?」
「! へ? あ、はい。前髪っ」
「でこ、全開」
「す、すみません」
今日は、ちょっとこのあと、出かけるというか、夕食を外でするから。
イヤホンはなし。
慌てて前髪を直すと、彼は大きな声で笑って、全開も似合ってるなんて言ってからかう。
楽しそうな笑い声。
かっこいい歌声。
「行こうぜ。佑久さんは腹減ってる? 俺、腹ペコペコ」
「あ、僕も、です」
僕の日常に、音が、ある。
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