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第8話 固定概念ってヤツは

 やっぱりドキドキハラハラするようなのがいいよね。  この前、おススメしたのも楽しかったって言ってたし。じゃあ、次は、これかな。でも、この作家さんは文体が少し独特だからなぁ。文章が合わなくて頭に入ってこないこともあるから。ぅ、うーん……。 「あ、お疲れ様」  その声にパッと顔を上げると、児童書担当の近藤さんだった。今日、遅番なんだ。 「えらい。お昼休憩の時に来月オススメの作ってるの?」  コクン、と頷いた。  頷いたけれど、ちょっと本来やらないといけない仕事からは脱線していたところだったと、内心苦笑いで答えた。そこまで律儀には説明しないけれど。  オススメ、のポップ作りをしていたはずなんだけど、気がついたら、和磨くんへ次、どんな本をオススメしようかと考え込んでしまっていたんだ。  本の貸し出し期間は三週間ある。  けれど、大概、彼は一週間程度で読み終えて、それを返しに来てくれる。大体が僕が早番で、その早番が終わる頃の時間帯。もちろん、返却ボックスがあるから、返すだけならそこで事足りてしまうけれど。いつも手渡しで、本を返して、また次に僕がオススメする本を借りていく。そしてその日は、読み終えたばかりなんだろう本の感想を話しながら一緒に夕食をする。  今頃、彼は僕がオススメした三冊目の小説を、そろそろ読み終える頃だろう。  次は春らしいのをオススメしたいんだ。まだ肌寒いけれど、もう気持ちは春を心待ちにしたくなる時期というか、もう寒いの飽きたから。  外に出かける度に、冷気に身体がぎゅっと縮こまったり。  息を吐くたびに目の前に漂う白い吐息だったり。  それからマフラーを巻くもの。  そろそろ飽きてきたから。  外、寒いのかな。近藤さんは三月にしては少し暑そうなダウンを脱ぐと、それをハンガーにかけて、今度はそのハンガーに引っ掛けてあった職員証を首から下げた。 「あ、そうだ。この間、大丈夫だった?」 「?」 「椎奈くん、なんか怖そうな人に話しかけられてなかった?」 「?」 「銀色の」 「あ!」  思わず、声が大きくなってしまった。  この間、銀色の、彼のことだ。図書館の方に顔を出してくれたから。きっと銀色の髪が目立ったんだろう。  僕が「怖そうな人」に絡まれてるって思ったんだ。 「う、ううん。大丈夫」  笑っちゃいそうだ。 「本見つからないって声をかけられてただけだから」 「なんだ、そっか」 「うん」  まさか、そう見えたなんて。  でも近藤さんは「オオカミサン」を知らないんだ。知っていたら、きっと大騒ぎしていると思うから。  よかった。  オオカミサンのこと、知らないんだ――。 「あ、椎奈くん、表でお願いしたい仕事があるんだけど」 「あ、はい」  そこの主任が顔を出した。そして僕は手を止め、大急ぎで表のカウンターへと向かった。 「はぁぁ? 俺、怖い人設定? 髪色で判断されちゃった、とか」 「うん」  今日は中華屋さん。餃子が美味しいらしくて、種類も豊富だからってことで、それぞれ別の味の餃子を頼んで半分ずつにすることにした。  僕は普通の。  彼は、少し変わったピザ餃子。ピザで餃子? って、味が想像付かなかったけれど、食べてみると意外にマッチしていて美味しかった。固定概念ってやつだ。 「でも思わず笑っちゃった」 「あのなぁ」 「だって、ものすごく優しくていい人なのに、銀色の髪だって綺麗だし」 「……」  見た目で判断ほど、もったいなことはない。と言っても、僕も最初はそうだったけれど。  最初、ちょっと、えぇ……って、思ったし。  でも、今は、うん。  見た目で判断するのはもったいないことだって、ちゃんとわかってる。 「あと、話してるととても楽しいし……って、どうかしたの?」 「いや……」  真っ赤、だった。彼は頬を真っ赤にしながら、口元を手の甲で覆って隠しつつ頬杖をついて。 「……無自覚、強ぇ……」 「?」  何? ちょっと、ちゃんと聞き取れなかった。今日は個室じゃないから、他のお客さんの笑い声に彼の小さな声が掻き消されてしまって、慌てて耳を傾けたけれど。 「なんでもないっ。それより、まだ食える?」 「あ、うん」  とても優しい人。明るくて楽しくて、彼と一緒の夕飯はあっという間に時間が経ってしまう。毎回、え? もうそんな時間? と慌てることになる。 「じゃあ、次は……エビドリア餃子」 「え、えぇ……」  さすがに、それは合わない気がするけれど。  クリーム系と餃子、でしょう? 「いーじゃん。美味いかもしれないだろ」 「……」  そうだ。 「もったいない」  彼はそう言って笑うと、楽しそうに、できるだけ珍しい組み合わせを探し始める。 「じゃあ、次はエビドリア餃子」  見た目で判断は、とてももったいないから。  見た目で判断してしまったままだったら、きっと僕はこの餃子にはありつけなかった。  見た目で判断したままだったら、僕は彼とこうして珍しくも美味しい餃子を食べることもなかった。 「あ、それでさ、今度のオススメって」 「あ、うん。あれはね。すごく僕が気に入ってるんだけど」  こんな楽しい時間も過ごせなかった。  君を、見たままで判断していたら、僕はとてももったいないことをしていただろう。  だから。 「春に読んで欲しい一冊で」  固定概念なんてヤツは、取っ払ってしまった方がいいんだ。

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