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第10話 踊り始める
彼は、とてもカッコいい。
と、思う。
女性にも、きっとすごく、モテるだろう。
有名人だし。
でも有名人だからってことではなく。
容姿だけでそう思ったのでもない。
「あ、もうこんな時間だった。そろそろ店出る?」
「あ、うん」
とてもカッコいいって思った。
僕みたいなのでも話しやすい気さくさと、優しいところ。彼が笑うと、つられて僕も楽しくなれるところ。
好感、持つと思う。
好きにならないわけがない、と。
「はぁ、美味かった」
そう、思う。
「あ、うん。すごく美味しかった」
人見知りで、付き合いがとても下手な僕でさえ、彼とこうして食事をする時間が終わってしまうことを名残惜しいと思うのだから。
また一緒に食べに行ったりしたいと思うくらいだから。
女性だってそう思うはずで。
「あ、の……いつも、ありがとう」
「?」
「あの、美味しいお店連れて行ってくれて」
「こちらこそ。小説のお礼」
「そんな」
僕はお礼をしてもらえるようなことを一つもしていない。慌てて否定すると、今日は少し冬に戻ってしまったような冷たい風に、彼が肩を竦めながら笑った。
ほら、笑うと少しあどけない感じになるんだ。それがすごく楽しそうに見えて、自分と過ごしていて楽しそうにされて、イヤな気持ちになる人間なんていない。
「あー、そうだ。喉乾かない? 火鍋、美味かったけど、つけダレつけすぎた」
そう、今日は火鍋のお店を紹介してもらったんだ。
火鍋、なんて名前がすごく強烈だから、一瞬身構えてしまったけれど、怖い鍋でもなかったし、お店はとても賑やかだった。
辛いのかなと思ったけれど、そんなに辛くもなくて。
その、つけダレをつけるとまたすごく美味しくて。だからつけすぎてしまったのも仕方がない。
すごく人気のお店みたいで、平日だから予約が取れたらしいけれど、土日にいたっては今月中どころか来月も前半は予約で埋まってしまっているらしい。でも、確かにそのくらいに美味しかったから納得だった。
「ちょうどコンビニ発見」
食事は大体、割り勘。半分こにしている。今まで行ったお店は、イタリアン、おこわの美味しい和食屋さん、変わった餃子を出してくれるお店、楽しかったな。エビドリア餃子が一番美味しかったかもしれない。あとはもつ鍋屋さんに、今日の、火鍋屋さん。
今日で一緒にご飯を食べるのは五回目だ。
また次も誘ってもらえるだろうか。
「……」
「佑久は? 何飲む?」
「ぇ? あ、一緒に」
ほら、人付き合いが苦手なはずなのに、「また次」を楽しみにしている自分がいる。
素敵なお店をたくさん知っていたり、人付き合いが上手な彼はいつでも気遣いがすごくて、僕はそんな彼に申し訳ないから。慌てて、彼が出すよりも先にお財布をカバンから出してみせた。
その拍子に、お財布につられて鞄の外へとイヤホンが飛び出してしまった。
「と、佑久なんか落ちたって、これ、イヤホン?」
「? あ、うん。ごめん」
そうだ。今朝、ギリギリまで聴いていたから、カバンの中に適当に入れてしまってたんだ。
「音楽?」
「あ、うん」
危ない。片方無くしてしまったら、両耳分買い直さないといけなくなる。それは困る。僕にしては高級品だもの。
そっか。
あの時、やっぱりあの金色のイヤホンの片方を無くしたというか、手元にないと気が付いた彼はとても困っただろうな。
「へぇ、どんなの」
「オオカミサンの」
尋ねられるのと、僕が答えるタイミングがほぼ同じだった。
「……え?」
「えっと、今日は、オオカミサンが春の歌をアカペラで歌ったの、聴いていた」
またほぼ同じタイミング。でも僕の方がたくさん喋ったから、僕の言葉だけが続いた。
「は、はあああああ?」
「?」
「んな、なに? 俺の歌、聴いてんの?」
「うん。だって、聴いてみてって」
言ってた、から。
「いや、あれは」
だから聴いてみた。
「すごく歌うまくて」
「いやいや、っていうか」
音楽には詳しくないけれど、それでも歌がすごく上手いのはわかる。オオカミサンが歌うのは大体、ミュージシャンの歌を「歌ってみた」というもので。そもそもはプロの歌手の人が歌っている。興味本意で、僕もその元々の人のも何度か聴いたけれど、僕は「オオカミサン」の歌の方が好きだった。好み、というのもあるのだろうけれど。すっと身体に入って来たのは彼の歌声のほうだった。
たくさんあるコメントの中で、「神」って崇めてるコメントもあったっけ。でも、決して、それは誇張ではないと思うくらい。
「魅力的だと思う」
「!」
音楽、詳しくない。
そんなに興味、なかった。
なかった、んだ。
今は違うよ。
アカペラ、というものも、なんというか、叱られてしまいそうだけれど、退屈なように思っていた。ただ演奏がなくなっただけ、というか。
でも、違った。
彼の歌声がどこまでもクリアに聴こえるのはすごくよかった。
吐息も、声の掠れ方も、全てが鮮やかに聴こえて。今朝、それに聴き入ってしまって、気がついたら図書館に辿り着いてたんだ。それで、慌てて、イヤホンを適当に鞄にしまって。そしたら、今、財布を取り出す拍子に落ちて。
「俺の、歌?」
今朝はアカペラを。
「う……ん」
昨日の夜はドラマの主題歌で話題だったらしい歌を。僕はそのドラマを知らないけれど。
一昨日は、ものすごくは早口で歌詞がたくさんある、到底僕には歌えなそうな歌を。
「毎日聴いて、ます」
「……」
その時、少し風が吹いた。彼の銀色の髪を揺らす、今日は少し冷たい風。でも、その風に、ほんの少し、どこからなのだろう、ほんのりと花の、優しい香りが混ざっている気がした。
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