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第13話 春一番
映画なんて、いつぶりだろう。
大昔、それこそ、親からお小遣いをもらっていたくらい子どもだった頃に、子ども向けアニメの劇場版があるからと観に行った時以来じゃないかな。
彼と映画を観に行くことになって……しまった。
詳細を決めて、集合時間と待ち合わせの場所を確認して、彼はそのまま帰って行った。夕食は行かなかった。
どうやら、大学での課題が難航しているらしくて、夜、食事に行く時間が作れないとのことだった。それは最優先しなければいけないからと、持ってきていた本を貸すことも憚られる気がして、持ってきているとは言わずに見送った。
だって、僕だったら小説、我慢しきれずに読んでしまうから。
僕は、誘惑にけっこう弱いんだ。
本と課題、自分の机の上に二つ並んでいたら、まず課題に取り組んではみるけれど、きっと最終的には本に手を伸ばしてしまう。気になって気になって、課題なんて頭に入らないから、とりあえず、読んで、スッキリしてしまおうってなるタイプ。
課題とか、懐かしいな。
よく図書館で資料を借りて課題に取り組んでいたっけ。
今の人は、というか、彼はそういう資料は借りて行ったことないけど。
あぁ、そっか。今の時代、ネットで調べられないことなんてないもの。あの時も。
――それってさ、これ?
そう言って、サクサクと容易く、電子書籍の中から「ハル」を見つけてしまった。
僕はネットというのが少し苦手で、本は好きだけれど、紙派。完全な紙派で、タブレットでもスマホでも、液晶画面で本を読めないんだ。なんというか、あの紙をめくるっていうのができないのが読んでる気がしない。ぱらりと捲る時の、指に触れる少しザラついた紙の感触とかが気に入っているから。
「あ、椎奈くん、お疲れ様」
「……お疲れ様です」
「今日は、早く帰らなくていいの?」
「?」
「最近、早番の時、たまに、定時刻とほぼ同時に急いで帰ってたから。今日はゆっくりな早番の日なんだなぁって」
「あ……はい。今日は特に予定ないので」
そっか。そんなに僕、急いでたんだ。
気がつかなかったな。
「それじゃあ、お疲れ様です」
「はーい、お疲れ様」
ぺこりと頭を下げて、スタッフ控え室を出るとそのまま図書館の中を歩いて行く。図書館の司書も普通に正面のエントランスから出入りするんだ。裏口、というか、非常口はあるけれど、本当に非常用で普段の出勤の時にそちらを使うことはない。
スタッフオンリーと書かれた扉を開けて、そのまま図書一般のフロアを進んでいく。入ってすぐは一番大きなカウンターと無料で使うことのできる共用パソコン。これは調べ物をしたり、自宅にパソコンがない人が無料で使えるもので、データをハードに保存したり、ロックナンバーの設定とかはできないことになっている。それがいくつか並んでいて、その隣に、いろいろなジャンルの雑誌が置かれていて。
「……」
あ。
本当だ。
へぇ、僕が知らなかっただけで、話題というか、雑誌で特集されているんだ。
へぇ、「ハル」劇場版公開って、雑誌にある。
僕はふらりと矛先を斜め四十度に進路変更するとその雑誌を手に取った。汚れたりしてしまわないよう、透明のビニールカバーをつけてある雑誌を手に取ると、「わぁ」とその雑誌が驚いたみたいに、ビニールのカバーがガサガサと音を立てた。
そして少し読みづらいそれを近くのソファに持っていって広げる。僕のお気に入りの原作となった「ハル」の表紙が見開きで載っていた。
「わ」
そう、思わず、小さくだけれど声が溢れてしまった。
僕が持っているのは文庫サイズの表紙。それがこの雑誌の大きさになると、こんなに迫力が出るのかと。
へぇ、この人が「ハル」を演じるのか。
「……」
知らない人だ。
主人公役の女性が何かを語っている写真と一緒に、取材インタビューがぎっしりと書かれていた。そのあと、何枚か、その女性の写真があって。少し、「ハル」のイメージとは違っている感じがした。僕の想像していた「ハル」はもう少し純朴そうな感じなのだけれど。
そして、その相手役の俳優さん。彼のことは、なんとなく見たことはある。あるけれど名前までは知らない。
他にも、何人も、作品に出てくる「ハル」の周囲にいる人々役の俳優さんたちの写真が並んでいて。
あ。
最後の方だった。だんだんとインタビュー記事も小さくなっていく中に、彼女がいた。
書店の女性。
「……」
綺麗な人だ。
和磨くんの知り合い、の、人。
肌がとても白い。
僕の脳内にある書店の女性のイメージよりもずっと綺麗な人。
――配信者繋がりで知り合いになって。
美人、って感じの人。
――今度映画に出るからってチケットもらったんだ。
チケット、もらったって。
「……」
インタビューは読まずに、次のページをめくると、ただの広告で、その次のページもただの広告。そのまた次は。
四月、春のお出かけファッション。
「……」
何か、買った方がいいかな。服。
せっかく出かけるのだし。
彼は、とてもお洒落だから。僕にはもちろんピアスもあんなゴツゴツした指輪も似合わないけれど、服くらいなら。
それに、今日、予定ないし。
いや、そもそも、なんというか、明確な予定があるわけじゃなくて。いやいや、普段からそう出かける約束を誰かとする人間ではないから、基本、早番の後だろうと、特に何もせず、真っ直ぐに家に帰るけれど。でも、今日は、その。
「……」
外食かもしれないと思ったり、したから。だから。
ちらりと雑誌へもう一度目を通す。有名なアパレル量販店の名前と、これで一週間お出かけも仕事も大丈夫な着回し術とあった。このお店なら、図書館の近くにある。図書館のある駅前ビルと道を挟んで、駅とは逆走するけれど。大きい、ダンプカーとかがビュンビュン通る大きい道路沿いにある。
僕は、その雑誌を元に戻して。
時間を確認。
もちろんそのお店が閉まるまでは時間がある。ゆっくり歩いても十五分くらいで着くと思う。
「わ」
外に出ると、春一番の強い風に、髪をボサボサにされた。
その風は駅のある方向から僕の背中を押すように、グイグイ吹き付ける。図書館のある駅前ビルと道を挟んで、それから駅より離れたところにある、お店へ。
まるで風に背中を押されているみたいに、春一番の中、僕は、駅とは反対方向へと向かった。
一枚、今シーズンおすすめとさっきの雑誌に載っていた、あの「ハル」の表紙になっている淡く、少しだけピンクにも見える白色に似た、カーディガンが素敵だったから。黒、紺、茶、そんな色の服ばかりだった僕も少しだけ、映画を観にいくのならと、寄り道をすることにした。
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