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第14話 トクトク、トク
大丈夫かな。
変じゃないかな。
そう、今日何度目か考えて。
今日、何度目か、自分の着ているカーディガンを確かめた。
遅刻してしまったらと心配になりすぎて、待ち合わせの時間よりもずっと早い時間に到着してしまったし。この格好で図書館で時間を潰すのもな、と考えて、駅前にあるもう一つのビルの入っている本屋を訪れた。日々、本に囲まれてる仕事なのに、休日も図書館に来るなんてって思われそうで。
待ち合わせたのは図書館の下のカフェ。いつも、早番で彼と食事をする時に待ち合わせている所と同じ場所。
けれど、一時間も早く来てしまって、それに、カーディガンだけだとまだ肌寒くて、外で待っているのは少し厳しかったから、本屋で時間を潰すことにした。
「……」
本屋に入ってすぐ、この間、彼にオススメした小説の作家の新刊が平積みされていた。
へぇ、今度はエッセイか。
エッセイ、はあんまり読まないんだけど。
へぇ、猫、飼ってるんだ。
その猫との私生活を綴ったのか。
『せっかくのデートならと、服を買ってみた。もちろん、相手は愛猫。そうだ、お揃いがいい。愛猫の黒い毛並みに合わせて、黒いニット。そう思った。一泊なら留守番をさせる主人もいるだろうが、私は心配性なのだ。愛猫も旅行に連れて行くことにした。愛猫は――』
「あれ? 椎奈くん?」
やっぱり好みの文体だなぁと、引き込まれかけたところで声をかけられて飛び上がった。
「やっぱり、椎奈くんだ」
「……ぁ」
「いつもと服装の雰囲気が違うから、違ってたらどうしようかと思っちゃった」
そこにいたのは図書館で一緒に働いている近藤さんだった。
普段は縛ってまとめている髪を下ろしていて、印象がまるで違う。そんな彼女に少し戸惑っていると、にっこりと笑って、僕が手に持っている本を見て、また、にっこりと笑った。
「デート?」
「ぇ? あ、いえ」
「そっか。おめかししてるから」
「あ、これは」
「私は、今日、読み聞かせのボランティアに行くんだけど、椎奈くんもどう? 少し時間があるなら」
「あ、いや……僕は……」
「そっか」
「……はい」
用事があるんだと断ると、彼女は突然ごめんね、と言って、時計を見た。そろそろ行かなくちゃと、言う彼女につられて、僕も時計を見ると、案外、本屋さんで時間を潰していたらしく、待ち合わせの時間の十分前になっていた。
「じゃ、じゃあ、僕も」
「あ、うん」
お辞儀をして、駆け足でエスカレーターへと向かった。
まだ、時間ではないけれど、待たせてしまったら申し訳ないから急がないと。
あまり走るのは得意ではない。それに人と待ち合わせてどこかに行くということもあまりしない。
だからかな。
「!」
心臓が、ドクドクいっている。
エスカレーターで一階に降りて、それからフロアを、危ないけれど、駆け足で飛び出して、隣り合わせの、図書館のあるビルへ。
ほら、心臓が。
「あ、あの」
「お」
「ご、ごめん。あの、待たせて」
「んーん、俺も今来たとこ」
「あ、そう、なら、よかった」
「走った?」
「あ、うん」
「つか、コートは?」
「ぁ、えっと」
やっぱり、薄着すぎて、これはこれで変だっただろうか。
コート、着てこなかった。
三月中旬、この格好でいけるかなと思ったけれど、微妙だったかもしれない。
本屋の中ではちょうどよかったけど、道行く人を見てみると、けっこう皆コートを着てる。でも、僕はコートっていうと分厚い真冬用のしか持ってなくて。さすがに三月のこの時期には合ってないような気がしてしまったんだ。だから、いいやと着て来なかった。
失敗、したかもしれない。
彼もまだダウン、着てる。
白に近いグレーのダウン。彼の髪の色に似ていて、色が明るいから三月で日差しもある今日みたいな天気でもそうおかしくない。
「っぷ」
「!」
「佑久さんでも忘れ物とかすんの? もしくは元気な小学生」
失敗だった、と。
「ほら」
「!」
「これ、貸すよ」
「え、えぇっ、そんな」
「いーから」
ふわりと首に、彼が巻いていたマフラーを。
「似合ってる」
「……」
貸してもらってしまった。
「そのカーディガン」
「……ぁ」
トクトク、トク。
「そのマフラーあったかいっしょ」
「ぅ、ん。あの」
「映画館のチケットさ、劇場指定なんだ。だから、ちょっと今日って、遠出できる?」
「ぁ、うん」
今から、映画を観に行く。
映画を観るのなんて何年ぶりだろう。
走ったのなんて、いつぶりだろう。
「なんか上映スケジュール観ると少し時間ビミョーでさ。午前、どうしても課題の提出あるから大学行かないと行けなかったから、ごめん。変な時間で」
「ううん、全然」
「夜、飯食べて帰るとかでいい?」
人と待ち合わせて出かけるのなんて、あまりしないから。
「あ、うん。平気」
心臓が、鳴ってる。
――デート?
ふと、さっき、近藤さんの質問が頭をよぎった。
本当に、突然、わけもなく。
デートっていう、僕には縁遠い単語が。
――おめかししてるから。
「何にしようか。あの辺だったら。佑久さん、何食べたい?」
「あ、なんでも」
――せっかくのデートならと、服を買ってみた。
次に浮かんだのは好きな作家のエッセイ。
「いい、よ」
「じゃあ、イタリアン。王道だけど」
「う、ん」
「決まり」
今度、頭の中に浮かんだのは。
――彼女は彼にこの鼓動が聞こえやしないかと心配になった。この鼓動の音が、彼女の思いとはウラハラに、想いを、告げてしまいそうで、とても落ち着かないのだ。
僕の好きな、そして今から彼と観に行く映画の原作の、その一文。
「佑久」
それが頭に浮かんだ。
「ぅ、ん」
そしたら、なぜか、頬がとても熱くなった。
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