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第15話 好き

 自分の恋愛対象は女性だって、ずっと思ってた。  初恋は中学生の時、同じクラスの女の子だったし、その次に気になったのも女の子だったから。  ――デート? おめかししてるから。  近藤さんにされた質問がふわりと頭に浮かんだ。  おめかし、なのかな。  わからないけれど、確かに今日、僕は映画を観に行くのに、と、春らしい淡いピンクのカーディガンを買ったんだ。普段の僕なら絶対に選ばないだろう、綺麗な色のカーディガン。これをどうしても今日着ようと思った。そしたら、コートが春先には全くそぐわない真冬のコートで、なんだか、この春色のカーディガンの雰囲気を台無しにしてしまいそうで、着てくるのをやめてしまった。  ―― せっかくのデートならと、服を買ってみた。  愛猫とのデートにと、服を買った僕の好きな作家。  僕も同じことをしたから、そのエッセイのワンフレーズがまたふわりふわりと頭の中に浮かんでる。  そして。  トクトクと心臓の鼓動がする。  何か劇的なことがあって、気がついたわけじゃない。  小説の中に出てきそうなドラマチックな出来事があって、それがきっかけ、ってわけじゃない。  ただ。  今まで、誰かを好きになった時よりもずっと、彼の事をばかり考えているから。  いくつか思い出してみる。それから、そのいくつかの自分を胸の内に並べてみる。  それから、しばらくじっとして、考えて。  そう思っただけ。  これは、好き、だと、そう思っただけ。  初恋の時、廊下で好きだった女の子とすれ違う、その瞬間よりも、ずっと、ドキドキする。  彼と話していると、高校生の時に好きだった隣の席の女の子に「おはよう」を言うよりもドキドキしてる。  ほらね。  だから。 「……」  これは、好き、なのだろうと。  電車に揺られながら、そう思った。  和磨くんのことを好きなのだと。  そう、思った。 「……」  和磨くん、寝てしまった。  乗ってすぐは少し話をしたけれど。映画の上映時間と終わってから、一緒に食べるレストランの話。この映画のこと。それから、この映画に出演している知り合いだという方のことも。  僕も見たんだ。映画化記念の特別ホームページ、そこに彼女の名前が書いてあった。あと簡単なプロフィールも。そのプロフィールでは、趣味が読書だと言っていた。それから本当は人の前で話すのが苦手だけれど、動画配信っていう真逆の活動をしていることも。あとは、作中では眼鏡を、原作の登場人物と同様にしているけれど、本来は眼鏡をしていなくて、とても美人だということも。そんなふうに映画の話をしていたら、少し彼の口数が減った。  眠かったのかもしれない。  だから僕も話を止めて、静かにしていた。  そしたら、急に肩のところが重くなった。  彼の頭だ。 「……」  僕の肩に頭を預けて、電車の中、いつの間にか和磨くんが居眠りをしてしまっていた。  課題が終わらなかったと言っていたから、夜、すごく遅くまで課題に取り組んでいたんだろう。僕はそんな彼の眠りの邪魔をしないように、肩を一ミリもずらすことなくじっとしていた。  本、持ってくればよかった。  これではイヤホンを取れないから、静かにしつつ、彼の歌を聴いてることもできない。 「……」  好き、になったのはいつだったんだろう。  どこかからかじわりじわりと、彼のことを「好き」になったんだろう。  思い返せば、そんな好きが混じっていそうな時はいくつかあったなって。  彼が図書館の本を返しに来ると、必ずその日は一緒に夕飯を食べるから、大急ぎで帰っていた。待たせてしまったら申し訳ないのもあるけれど、きっとそれ以上に会いたかったのだと思う。 「ハル」が貸し出し中だった時も、僕は大慌てで、じゃあ、僕の私物だけれど、本を貸しますって思った。  そうしないと、彼はまた次の機会に本を借りに来ないと行けない。けれど、それは億劫かもしれない。だからと大慌てでしまってあった「切り札」を彼に向けて差し出しそうとしたんだ。これを貸すから、また返しに来て欲しいと。  映画も、楽しみだった。  ファッションモデルのように、流行の最先端、なんてことはできないけれど、僕にはとても珍しい色のカーディガンを着て。普段なら気せず、図書館までの行き帰りでいつも通り着ているコートを季節外れでおかしいからと脱いできて。  図書館の下、カフェのあたりで待つ和磨くんを見つけた瞬間。  ――トクトク、トク。  鼓動が騒がしくなった。  今も、少し、僕は慌てているし、とても緊張している。  彼の頭が僕の肩に乗っている。そこのすぐ近くに心臓があるからだ。  トクトク、トク。  ――彼女は彼にこの鼓動が聞こえやしないかと心配になった。この鼓動の音が、彼女の思いとはウラハラに、想いを、告げてしまいそうで、とても落ち着かないのだ。 「ハル」と同じように落ち着かない。  彼女が聴かれてしまうのではないかと、気が気じゃなかったように。  僕も、和磨くんに、この鼓動と気持ちを気付かれてしまうのではないかと。  微動だにせず、窓の外をじっと見ながら。 「……」  あ。  桜だ。  真っ直ぐ、前だけを見て、彼を起こさないように、けれど、彼の頭が近いことに戸惑いながら、ただ真っ直ぐ向かい合わせの車窓をものすごい速さで移動して行く景色の中、桜がもう咲き始めたのを見つけた。  僕のカーディガンとお揃いの淡いピンクを、電車の窓の外に見つけた。

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