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第16話 「隠し事」
「ハル」と同じように落ち着かない。
僕も、和磨くんに、この鼓動と気持ちを気付かれてしまうのではないかと。
だって、彼にとって僕は多分、面白そうな本を紹介してくれる最近できた、ただの友人だ。しかも同性。出会った、と言っていいのかわからないけれど、あの日の電車の中で僕のことを一緒にお酒を飲んでいた女性と勘違いしたのがきっかけだったわけで、つまり、彼は女の人が恋愛対象で、男の僕はきっと恋愛対象外だと思うから。知られてしまったら、困らせるだろう。
もしかしたら迷惑かもしれない。
だから、また彼に会いたいのなら、知られてしまわないようにしないといけない。
「あ、案外、映画ちょうどいい時間かも」
彼の友人でいないと、いけない。
「佑久さん、こっち」
「あ、うん」
映画なんていつぶりだろう。
でもこんな大都会の映画館は初めてだ。
「わ、ぁ……」
テレビニュースで見かけるような大きな交差点を渡り、ゴミが散らかった街並みの様子に呆気に取られながら、和磨くんのすぐ後ろを歩いてく。並ぶと人にぶつかってしまいそうな人の多さにも戸惑う。和磨くんの歩調に合わせて、たまに駆け足になりながら、周りをキョロキョロ。
見慣れない景色に驚いている僕の様子がおかしかったのか、彼が少し笑っていた。
「こっち」
「う、うん」
雑多な街並み、渡り切るのに少し早歩きになるほど大きな交差点。頭上には目が回ってしまいそうなたくさんの看板。その乱立する看板の先、雲ひとつない、たくさんの看板さえ視界を邪魔しなような高く青い空に食い込むように、聳え立つ大きなビルが視界に飛び込んできた。
そこが映画館。
少し急な気がするエスカレーターを上っていくと、駅の改札からこの映画館までの道のりの騒がしさが嘘みたいに、街の忙しない雑多な音が消えていく。エスカレーターに乗れなかったみたいに、一番下のところで雑多な音たちが置いてけぼりになったみたい。
「この辺、あんま来ない?」
「う、ん。ほとんど、来ない」
「ここの近くにでっかい本屋あるよ? あとで寄ってみる?」
「あ、うん」
頷くと、彼が笑った。
何度かエスカレーターを乗り継いで、映画館のあるフロアに到着すると、壁にたくさんのポスターが貼られていた。それから、甘い、キャラメルの香りと、劇場案内のアナウンス。外とは違うけれど、とても賑やかだった。
「何飲む?」
「あ、えっと」
チケットを購入する機械がずらりと並んでいる。その奥にはグッズ売り場があって。そのまた奥に飲み物、それから軽食が売っているカウンターがある。
その反対側には今、上映されている映画のポスターがずらりと大きな液晶画面に映っていた。
「あ」
「案外人気なんだ。俺らが観る回、もう満席になってる」
「本当だ。あの、席は」
「大丈夫だよ。もう席指定してあるから」
飲み物を買うために並んでいると、忙しなく動き回る店員さんの頭上に今日の上映スケジュールが表示されていた。僕らがこれから観る「ハル」にはすでに満席の文字がくっついていた。
「佑久さん、飲み物は?」
「あ、じゃあ、カフェオレを」
「オッケー」
「あ、お金は出す。出すので」
「いーよ。別に」
「そういうわけにはっ」
慌てて、小銭を出そうとしたら、和磨くんのスマホが軽やかな電子音を奏でた。
「もう払ったから、大丈夫」
飲み物を受け取ると、チケットを持っていないと入れないスクリーンエリアへ向かった。さっきまで漂っていたキャラメルの甘い香りが消えて、僕らの足音はふかふかとした絨毯に吸い込まれてしまう。
僕らが観ようとしている「ハル」は入ってすぐ、正面のところのスクリーンで上映されるらしい。重厚な、けれど今は明け放たれている扉から入ると足元すら見えないほどの暗闇の中、大画面には映画の宣伝が流れていた。
ど、しよう。
転びそう、だ。
今、何かにつまづいたら、飲み物が。
「佑久さん」
「……」
「こっち」
そして、差し出された手。
「上の方だから気をつけて。そこ階段」
彼の笑った顔が、うっすらと見えた。
手、に。
「佑久さん」
掴まって、しまった。
「……あ、ここだ」
「う、ん」
手、握って、しまった。
「っぷは」
「!」
「大丈夫だよ。映画観るだけで、ここお化け屋敷じゃないから」
違う。
僕はなんとなく好きになったんじゃない。
彼は、わかってくれたからだ。
たった一人、初めて、僕が怒ってるわけでもないし、不機嫌なわけでもないって。ただ驚いたり、緊張したりしているだけだって、僕のこと、わかってくれた唯一の人だから、だって、今、わかった。口数も少なくて一緒にいたって退屈だと思うのに、彼はいつも楽しそうにしてくれるからだ。
でも、困った。
「お化けは出てこないから、そんな緊張しなくていいよ」
「う、ん」
彼はたった一人の人だ。
不機嫌顔の本当の気持ちを見破られてしまうかもしれない。
ほら、今だって、見破られてしまった。
彼の笑った顔がこの暗闇でも見えた。だから、僕の仏頂面も彼には見えてしまっている。
彼にはわかってしまうんだ。
今、好きな人の手を初めて握ってしまった。触れてしまった。思いもしなかった同性の彼を好きになってしまった。その彼と映画を観に来てしまっている。そんなことにすごく戸惑って、ドキドキしていると。
「手、握っててあげようか?」
「だ、大丈夫!」
「あはは」
生まれて初めてだ。
初めて、自分の本当の気持ちを知られることに困ってしまった。
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