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第18話 我儘人間

 映画のラストシーン、それは僕が想像していたよりも眩しくてドキドキした。手を繋いで、川の土手を歩いていく「ハル」と彼はとても楽しそうで。「ハル」が振り回すように彼の手を、繋いだまま、ブンブン振ると、彼がまた笑う。  それを見ながら、真っ暗な映画館の階段を上がってくる時、彼が、和磨くんが繋いでくれた手の感触を思い出して、一人でドキドキしていた。  ただ、真っ暗な階段に戸惑う僕がそんなところで飲み物をひっくり返してしまわないよう、手を繋いでくれただけなのに。  僕は勝手に意識してしまって。  席にようやく辿り着いてからも、その繋いだ、触れた左手だけがじんじんとしていた。 「小説と同じ感じだった?」 「ぇ、あ、うん」  小説が映像になるとあんな感じなんだって思った。  脳内で僕が描いた景色とは違っているところがあるのに、キャラクターたちの会話は同じだから、違和感というか。  同じ話なのに、読後感、とは言わないのか、観終わった時の感覚がちょっと違っている。 「オオカミサンの歌聴いて、そのあと、同じ歌をアーティストが歌ってるのを聴いた時みたい」  同じメロディなのに、印象が違うように。  そう話すと、和磨くんは一瞬、目を丸くしてから、あははと笑った。 「いや、アーティストさんのがオリジナルだから」  そうなんだろうけれど。 「うん。でも、僕は、オオカミサンが歌ってる方がいい。今観た映画の最後に流れた曲も、そう、思った」  僕にとっては、だけれど。かっこいいと思ったし。歌も少し、失礼かもしれないけれど、オオカミサンの方が上手く思ったし。あ、でも、いや、僕は歌なんて到底人前で歌っていいレベルじゃないし、というより音痴で音楽の成績悪かったから、全然、人に上手いだ下手だと言えないんだけれど。 「……ありがと」  本当だよ? 本当にオオカミサンの方がいい。 「あ、ここを曲がるとあるんだ。でかい本屋」 「うん」 「佑久さん、マフラーだけで寒くない?」 「あ、全然」 「風邪引かないようにしないと。ほら、図書館の中って、あったかいじゃん。寒いとことか行ったら、ソッコウで風邪引いてそう」  僕は貧相ではあるだろうけれど、そんなに弱っちくなんてない。確かに図書館の中は暖かいけれど、寒いのは我慢できる。案外力持ちだし、風邪はあまり引いたことがないんだ。一年に一回、あるかないか。でもそれだって病院になんて行かないし、一晩寝れば治ってしまう。  けっこう僕は頑丈なんだ。  でも、それを言うと、このマフラーを借りているのが矛盾してしまう。  まだ、借りていたい。もう少しだけ、彼に親切にしてもらえたことをなんというか、堪能していたい。  なんて、我儘なことを考えて、言葉が詰まってしまう。  君のマフラーを借りているままでいいのかなと、ちょっとだけ思ってはいるのに。でも、まだもう少しだけこの暖かさを味わっていたくて。  貸してもらえたの、嬉しいんだ。  彼に親切にしてもらえたの、嬉しい。  知らなかった。  好きな人にこういうふうに優しくしてもらえるのは、こんなに嬉しくてたまらないことだったなんて知らなかった。 「あ、ほら、あそこ、でかいっしょ」 「……う、ん」  そこにはぎゅっと隙間なく並んだ積み木みたいにビルが並んでいた。両隣を背丈のある大きなビルに挟まれていて、少し窮屈そうだけれど、でも、あの建物全て書店だなんて。  すごい。  一階は雑誌が置いてあるみたいだった。一目見て、どこにどのジャンルが置いてあるのかわかるように大きな看板が出入り口に掲げられている。  小説は二階と、それから三階もそうらしい。すごいフロア二つとも小説だなんて。ありとあらゆる作品がありそうだ。 「行ってみる?」 「う、ん」  彼に促されて二階へと階段で上がっていく。雑誌が並んであった一階は、出入り口も開けっぱなしだったからか、路上にいるような賑やかさだったけれど、二階に来るとその雑多な音はぐんとボリュームを下げて、すごく静かだった。 「あ、これ、今見てきたやつじゃん」 「うん」  劇場版の効果なんだろう。もう何年も前の本だけれど、平積みにされて、その真ん中にはさっき映画館で見たものと同じ劇場版のポスターが飾られていた。 「好きなの探しなよ」 「う、ん」 「……っぷは」 「?」  突然笑われて戸惑ってしまった。  何か変だっただろうか。  もしかして僕がついさっき君のことを好きだと気がついてしまったことに、君が気がついてしまったのだろうかと、内心、とても慌てた。  どうしようって。  まだ、僕は自覚したばかりのこの気持ちをすごく持て余しているんだ。  恋愛なんてほとんどしたことがない。片想いというか好意を持った相手と何か接点があるわけでもなかったから、その好意はそのうち他の気持ちとか忙しい日々に溶けて消えていってしまうけれど。でも、なんだか、彼のことはそんなふうにしたくなくて。 「本屋に来たら、佑久さん、遊園地にいるみたいに楽しそうだからさ」 「!」 「めっちゃキョロキョロしてて。あれみたい。次、なんのアトラクション乗ろうかなってなってるみたい」  そんなに?  僕はキョロキョロしてただろうか。 「いや、楽しそうだからよかったなってだけ」  ほら、やっぱり君にはバレてしまう。きっと他の人なら、何も気がつかないだろう僕の「楽しい」を。君だけは気がついてしまう。  だから、困るんだ。 「あれ? 和磨?」  いつか、君にバレてしまうんじゃないかって。 「和磨じゃん。珍しいとこで見つけた」  僕が君の、友人、ではないと、知られてしまうんじゃないかって。友人なら、マフラー大丈夫だよと言ってあげられるのに、君に優しくされたいばかりの僕はそう寒くもないくせに手放せないでいる我儘人間だとバレてしまうんじゃないかって。 「何してんの? 和磨」  友人なら、気軽に彼に声をかけてきた、とても綺麗な女性に対してこんなに胸が苦しくなんてならないだろうから、とても困ってしまうんだ。

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