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第19話 しょんぼりハリネズミ
とても綺麗な人だ。
長い髪はところどころ、和磨くんと同じ銀色に染まってて、その髪がくるりと緩やかなウエーブを描いてる。柔らかい髪に、赤い唇、スタイルもすごくいい。モテそうな女性。活発で、気さくで、すごく今時の、でも、凛としていて芯のある感じの女性。
「本屋にいるなんて驚いた」
そんなとても綺麗な人が和磨くんに声をかけた。
親そうな感じで、偶然、見かけたことに驚いている。
「最近、忙しい? 大学もあるもんね」
大学の人、じゃないんだ。
「あ、トクちゃんがまたコラボしたいって言ってたよ?」
コラボ、じゃあ、動画配信の人。
かな。
とっても、ものすごく綺麗な人だから芸能人なのかもしれない。モデルさんとか女優さんとか。真っ白な肌に大きな瞳、瞬きをするだけで圧倒されてしまいそうな長い睫毛。
「っていうか! ごめん! 友だちと一緒だったんだ」
きっと、雰囲気が違いすぎてて、友だちに見えなかったんだろう。彼女は少し経ってから、斜め後ろにいた僕の存在に気がついたらしく、申し訳なさそうに顔をしょんぼりとさせた。
とっても表情豊かな人だ。
「すみません。お邪魔しちゃって」
「あ……いえ」
少し。
ほんの少しだけ、だけれど。
苦手だ。
こういう人。
本人はそんな気、ないんだろうけれど。普通なのだろうけれど。なんだか、寂しい気持ちになってくる。
春らしい淡いピンクでも、黒一色でも、こういう人はセンスよくなんでも着こなしてしまうんだろう。春でも秋でも、出かけたり、人に会う機会も多くて、その季節にあった服だってたくさん持っていて。
だから苦手。
だけど、なんだろう、いつもの人見知りと人付き合いが上手じゃなくて困惑するのとは、少し違う何か、チクチクしたものが僕の中に混ざってる。
「なんか、最近、トクちゃんだけじゃなくて、けっこうみんな和磨に会えてないって」
「あー……」
「私が一番会ってたんだからって、ちょくちょく訊かれてさぁ」
苦手って、避けたくなる気持ちの表面に小さな棘があるような。ハリネズミみたいに、ぐるりと棘で覆われている。
「大学忙しいんじゃんって言っておいたけど。急に、やっぱり映画のチケット欲しいとか」
「わーかったっつうの」
そこで、和磨くんの頬が、突然赤くなった。
「また、そのうち連絡する」
「絶対だよー。トクちゃんたちにもだけど、うちにも来なよ」
うち、って。
「行くよ」
「絶対だよ。流石に一ヶ月はほったらかしすぎ」
「わかったって」
「それじゃあね」
うちって、彼女の、うち……かな。
「ごめんなさい。騒がしくしちゃって」
「ぁ……ぃぇ」
彼女は一緒にいた僕にもちゃんと笑顔で挨拶をしてくれた。でも僕は、きっと、笑顔にはなれなかったし、声が笑ってしまうほど小さくなってしまった。胸のところが苦しくて上手に声が出せなかったんだ。怖気付いてしまうくらいに美人の、和磨くんの。
「綺麗な人だね」
「あー……」
「芸能人、みたい」
「今の、あれだよ」
「?」
「今さっき、映画館で観てた」
映画館、で?
今の、綺麗な人?
「………………え、えええっ?」
「ハル」に出演していた知り合いの女性って、今の、人? 書店員の、役の?
「で、でも、全然」
全く違って見えた。だって、今、いた人、すごくすごく美人だった。でも、「ハル」に出演していた彼女はどこか素朴で。
「違う人みたい……」
そうだ。そばかす、あった。映画館の大スクリーンで写っていた彼女のそばかすが、今さっき、ここで間近で見た彼女にはなかったのに。
「あいつ」
あいつって。
そのくらい親しいんだ。
「本がすっごい好きでさ。小説とかよく読んでて、別に俳優じゃないけど、この小説もすげぇ読んでたらしくて、だからオファー来た瞬間、OKしたらしい。だからじゃん? もともと知ってる話だったから、演技しやすかったとかさ」
あ。
「驚いたって言ってくよ」
「ぁ……うん」
なんだか、合点がいった、気がする。
不思議だったんだ。
本、紹介してよって言われたの。
なんの接点もなかった僕に突然そんなことを言うのが、謎だった。
今の人が本が好きで、同じくらいに詳しくなりたかったんじゃないかな。
一番よく会ってるのが彼女だと言っていた。
付き合ってるのかな。
うちにも来てと言っていた。
自宅にお邪魔するのは、恋人じゃないと、しない気がする。
一ヶ月もほったらかすのはダメだと叱られてた。
恋人ならきっと定期的に会うものだろうから。
そして、何より。
「……ぁ」
彼が頬を赤くしていた。
「いい映画でしたって言っておいて、ください」
彼女に偶然会えたのが嬉しかったのかもしれない。照れ臭かったのかもしれない。
頬が赤かった。
彼女と話している間中、ずっと。
だから僕は言えなくなった。今日、貸し出すつもりで「ハル」を持ってきていたんだ。映画を見終わった後、貸してあげようと思った。そしたら、ここで一旦なくなった本の貸し借りっていう定期的に会える理由が途絶えることがないかなって、そんなことを考えたんだけれど。
でも、あの小説が好きで映画出演を彼女が決めたのなら、きっと本も持っている。
「わかった。言っとく」
僕が貸さなくても、彼女から貸してもらえる。
そう思ったら、さっきまで小さな棘がチクチクしていたのに。
今はその棘がしょんぼりと萎れてしまった。
「……」
萎れて、しまった。
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