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第20話 魔法使い
もしも、僕に「本日の営業は終了しました」って看板をつけられるのなら、高々とかざしたい気分だ。
「……はぁ」
もう、今日は脳みそのキャパオーバーだ。
そう大きな溜め息を一つついて、ベッドに勢い良く飛び込むとそのままゴロリと寝転がった。
「……」
あんなに大きな本屋さんだったのに。
何も買わなかった。
いつもの僕ならきっと遊園地にやってきた子どもみたいに気持ちがパッと華やいじゃって、お気に入りの作家さんから、新刊の気になるタイトルまで目移りしながら見て回るのに。
なんだか、それどころじゃなかった。
本が好きだというあの美女のことが頭の中でチラチラとして。
本当に「本日の営業は終了しました」だ。
とても盛りだくさんすぎる一日だったから。
最後、彼と食事をしている時、本日の情報許容量オーバーですって訴えてくる頭じゃ、対応しきれなくて、何度か変な感じになってしまった。
返事、ぎこちなくなった。
とりあえず、「うん」って頷いたりしちゃった。
彼はもしかしたら何か変だなと気がついてしまったかもしれない。少しだけ表情が暗かったような。
でも予想外のことすぎて、僕はいっぱいになっちゃったんだ。
昼間のうちに彼を好きだと自覚してしまった。
突然。
本当に、急に。
けれど、彼には恋人なんだろう、とても綺麗な女性がいたと、知ってしまった。
それが午後、夕方のこと。
でもちゃんと考えれば当たり前のことなわけで。モテないわけないでしょう? 彼ならあんな美人の恋人がいても、これっぽっちもおかしくない。
そして、夕食。
なんてもうご飯が喉を通っただけでもすごいことだと思う。
「……はぁ」
僕の知識は大体が本からだ。
知らなかった言葉も、知らなかった世界も、色々なものを本に教わってる。もちろん恋も。片想いがどういうものかも、交際も、別れるとかも。ぜーんぶ。
だからあったらよかったのに。
「……疲れた、なぁ」
好きな人の諦め方、みたいな指南書が。
どこかに参考になりそうな文献でもあったらよかったのに。
好きな人のスピーディーな忘れ方、とかさ。
「……忘れられるかなぁ」
あったら、読んだのに。
でも、どの小説だって主人公は最終的にハッピーエンドに辿り着く。僕みたいに、なんだか気がついたら片想いで、何も思い悩む前に即座に振られるのが決定しているなんて不恰好なことはないから。
だからどの小説にも、どの本にも書かれていないんだ。
「……はぁ」
忘れられなくても、忘れるしかないでしょ? と、どこかで冷めた声で呟く自分がいた。
そうだよね。
なら気がつかないままだったらよかったのにね。
と、小さくその冷めた自分に頷いて目を閉じた。
まだ買ってきたばかりの映画のパンフレットもなぁんにも読んでいないけれど、もうこのまま寝てしまおうと、目を閉じた。
たまにある。
バッドエンドのお話ってそんなに好かれないでしょう?
そりゃ、そうだよ。
誰だって主人公には幸せになってもらって、スッキリ物語を終えて欲しいに決まっている。だから、大体主人公は幸せになれる。たまに、ごくたまに、バッドエンドのものもあるけれど、それは、まぁ、とりあえず、置いておいて。
ハッピーなエンドがほぼ主人公には用意されている。
たとえ、途中がどんなに厳しく辛いものだとしても。
でも、僕はきっと脇役だろうから。とてもかっこいいヒーローとヒロインを祝福する側で。人はみんな自分の物語の主人公、だと、まるで歌詞みたいな。そんなふうに考えてみて、僕が物語の主人公、だとしたら、平凡すぎて誰も読まないし。
「……すみません、クリーニングを」
「はい。マフラーですね」
「……はい」
最初から片想いなのはわかってたし。
「明日の午前中にできあがります」
「……わかりました」
そしたらこのマフラーを、ちゃんと綺麗に洗っただけは返そう。「ハル」は、あの綺麗な人が貸してあげるだろうから。もうこれで本を貸してないし、返される本もなし。
「ありがとうございました」
外に出ると少し寒かった。もう四月なのに春はまだまだらしくて。でも今日は大丈夫。分厚い冬用のコートを着てきたから。どんなに寒くても。
「……あ」
コートに入れっぱなしだったっけ。
映画の時は聞かなったし、ソワソワしていてイヤホン持っていかなかったんだ。図書館に通うのに使っているこのコートの中に入れたままだった。
耳につけると、バッテリーがもうないですよって英語で教えてくれる。
歌も、聴けないや。
そして図書館へと向かう道、イヤホンでオオカミサンの歌声を聞きながらじゃない足取りはなんだかつまらなくて。退屈で。
こんなに静かだったっけって。
こんなに物足りなかったっけって。
「はぁ……」
溜め息をつくと、なんだか、歩くのすら億劫になってくる気がした。
どうしようか。
早めの方がいいでしょう?
マフラーまだ使うもの。
洗い終わったらそのまま返すって決めたんだから。連絡先は知っているのだから。紙袋か何か帰りに百円ショップで買わなくちゃ。
――お年玉かと思った。
そう言って笑ってくれたっけ。
そんなことを思い出す。
「すみませーん、本、返却したいんですけど」
「あ、はい」
そんな声に毎回、彼なのではと飛び上がりそうになる。
これは困った。と、いうくらいに、まだ、落ち込んでる。本を読んで気を紛らわすこともできそうにないんだ。あんなに本があれば十分だったのに。音楽は、聴かないことにする。忘れないといけないのに、音楽聴いてたら忘れられなくなってしまうから。
ちちんぷいぷいで忘れらたらいいのに。御伽話じゃないのだからそれは無理でさ。
一日が。一時間が。
「すみませんっ!」
退屈だ。
「ね! 貴方!」
「は、はい……え? あの」
びっくりした。あの、和磨くんの、美人の、人。
「よかった、見つかった」
「え、あの」
ものすごい、図書館にいる全員から目くじらをたてられてしまいそうなほど大きな声に、僕は狼狽えてしまう。
「ねぇ! 貴方、どんな魔法使ったの?」
「……え?」
魔法なら、僕が今まさに使いたかったんですけど。
ちちん。
「和磨に歌! 歌わせたの!」
ぷいぷい、って。
今、僕が使いたかったんだ。
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