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第21話 彼の魔法
――ねえ! 貴方、どんな魔法使ったの?
そう目の前にとても綺麗なあの、美女さんが、飛び込んできて、僕はそんな近くに人の顔が来ることに戸惑って、心臓が飛び出てしまいそうだった。
――和磨に歌! 歌わせたの!
僕は魔法使いじゃない。
魔法は、使えない。
もしも魔法が使えるのなら、僕の片想いを空高く、ピューッと吹き飛ばしてしまってる。
ちちんぷいぷい飛んでいけー! って。
「……本当だ」
思わず、電車の中で声に出してしまった。
無音の電車の中、平日の夕方、ちらほらいるサラリーマンの人は営業の途中とか、なのかな。それと学生が楽しそうに話をしていたり、隣同士でスマホと睨めっこをしていたりする。
その中、僕は最近、イヤホンを持ち歩いてないせいで、聴くことはできないままだけれど、音なしで「オオカミサン」の動画をたくさん、いくつもいくつも確認していた。
どれも、半年くらい前より以前のものばかりだった。僕は流行りの歌も知らないからわからなかったんだ。彼の歌は半年前の更新で止まっている。
僕がすごく聴いていたアップテンポでかっこいいこの曲も。
アカペラが素敵なこの曲も。楽しそうに彼がリズムに乗りながら歌っているこの曲も全部、半年以上前のもの。
その中、一つ、昨日の日付の曲がある。
タイトルは「ハル」
何か喋ってるんだ。
でもイヤホン持ってきてないからなんて言ってるのかわからない。
そして、彼がゆっくりと首を傾げて、多分、曲が始まったんだ。
薄っすらと口を開いて。多分、歌い始めたんだ。
「っ」
彼が半年ぶりに歌ったのは、僕と一緒に観た映画の主題歌。
――ねぇ! 知らないの? 和磨! 歌! あんなに! ねぇ!
彼女でもできなかったこと。
違うかもしれない。
偶然かもしれない。
そんなの彼は僕の言った小さなそんなリクエストをわざわざ汲んで? そんな、僕は魔法使いじゃない。王様でもない。小説なら、登場人物のいるクラスの隣の組の生徒くらい。御伽話なら村人かな。
その他大勢だよ。
だから、僕にあんな歌を歌える、百五十万なんて途方もない数の人たちが聴いているすごい歌を歌えてしまう、彼を動かす力なんてない。
僕の言ったことなんて。
覚えてるわけないよ。
――でも、僕はオオカミサンが歌ってる方がいい。
そんな、小さな、村人の、隣の組の生徒の、小さなリクエストなんて。
『…………、…………』
覚えてるわけ、ないよ。
そう思いながら、でも、彼女のとても驚いた顔と、館内に響き渡った声に背中を押されるように、彼がいる大学の最寄り駅のホームに飛び降りた。
気分はさ。
「えっと」
まるで冒険者だ。
遥か遠くの石段にでも颯爽と飛び乗ったみたいに、降り立って、ホームを駆け抜ける。
「す、すみませんっ」
脱兎のごとく、なんてかっこいいものじゃない。あたふたしながら、運動なんて大の苦手だもの、人に激突しないように気をつけるのが精一杯。でも、それでも、必死になって階段を登って、改札を通って、また階段降りて。
大学のある方、だよね? こっちの改札口、って、確認して。
「えっとっ」
右、かな。
左、じゃ……なかった。地図、見て。あそこの交差点を渡るんだ。それで、次に路地を曲がって、少しだけ真っ直ぐ進んで。
「!」
彼がいる、大学、だ。
「…………」
って、さ。
「…………」
え? これって、部外者入っちゃ、ダメなんじゃないのかな。
大学って、生徒以外入れるっけ? どうなんだろう。僕の行ってた大学はどうだったっけ。とくに知らないんだけど。学生の時も変わらず本の虫してたから、周りがどうとかあんまり気にしてなかったけど。
入れる?
ダメじゃない?
あ!
スマホ持ってるよ。そうだ、それで彼に連絡。
「……」
してもいい、のかな。急に、今、大学の前にいるんですけどって言って。
え、えぇ?
それで何話すんだっけ。
歌、半年歌ってなかったのに急に歌ってくれてありがとうございますって言うの? おかしくない? あ! こんな時のためにマフラーを返しにっ!
「!」
って、取りに行くの、忘れてるし。
早番が終わってすぐ図書館を飛び出すように出てきちゃった時にはマフラーのことなんてすっかり忘れてたよ。
マフラーあったら返しに来ましたって理由くっつけられたのに、なんで! 忘れちゃうんだ! でも、取りにまた電車に……なんてしてたら、彼もさすがに帰っちゃうだろうし。
じゃあ、やっぱり、スマホで連絡を――。
「あれ? 新入生?」
「え?」
びっくりした。スマホ持って大学の正門前をうろうろしていたから怒られるか通報でもされてしまったのかと、声をかけられて、パッと顔を上げた。
知らない人、だ。
「新入生でしょ?」
「ぇ?」
違い、ます。
「春になるとけっこういるんだよね。もう来月からここに通うんだーって、来る子。うちの大学カフェテリアは公開にしてるし」
そう、なんだ。じゃあ、カフェテリアに行くふりしたら中に入れる、のかな。
「俺、今年、三年になるんだけどさ」
今年三年ってことは、じゃあ、彼と同じだ。二十歳。というか、僕、この二十歳の人に新入生って間違われてるけど、二十五です。
「あ、あの、二年生」
「? そだけど」
「あ、あの、じゃあ、あの、歌の」
オオカミサン、澤井和磨くんをご存知ですか? そう尋ねて、場所だけ教えてもらおうと思ったんだ。
「あー、もしかして、オオカミサンファン? とか? 俺、知り合いだよ」
「!」
「紹介してあげよっか」
けれど、この二年生は親切なのか、早とちりなのか、僕が言い終わるよりも先にパッと歩き出してしまう。そして、まだ門のところで戸惑っている僕へと、ほらこっちだよって言うように手招いてみせた。
「あ、ちょ、待ってっ……」
慌てて、彼がただ一つの、僕が部外者なのに入っていいと許可してくれた彼を見失わないように駆け出した。
「たしか、さっき、移動して、次の講義のでかい……」
わ、ぁ。知らない大学、だ。緊張する。僕が部外者だってわからない、かな。独り言を呟きながら案内役の二年生の後ろをビクビクしながら歩いてた。こら、って、誰かに見つかって外に摘み出されないように。
彼に。
和磨くんに会えますように。
「でさぁ、紹介してあげる代わりに、うちのサークルに入らない? うちのサークルさぁ」
マフラー忘れちゃったけど。
なんて言おうかまだ決まっていないけれど。
会った瞬間、どうしたらいいかわからなくなりそうだけど。
「今、人数不足でさぁ」
歌、まだ聴けてないけど。でも、半年ぶりの――。
「あ、いた、ほら、あそこに。すげぇ取り巻きいっぱいの」
「!」
歌ってくれて、ありがとうって。
「……」
君に、伝えたい。
「……ぁ」
見つけた。銀色の髪の彼を。
「……」
僕は、見つけた。
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