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第22話 ええええええ?
銀色の髪がとても、すごく、綺麗だなって思ったんだ。
最初はね、黒いマスクのせいかな。少し怖い人なんじゃないかと思ったんだ。でもそんなことはなくて、優しい声をした人だった。すごく歌が上手くて、僕なんかにはない、すごい才能を持った人なんだ。
百五十万人。
想像もつかない数字だ。
百五十万人が彼の歌に魅力を感じたんだ。
なのに、本人はそんなことひけらかしもしない。ちょっとくらい自慢、したくなると思うのに。
素敵な人なんだ。
「っ」
あぁ、やっぱり僕は彼のことが好きなんだ。
「ぇ? ちょ、大丈夫? なんで泣い、て」
初めて知った。
好き、というのは、その人を見ただけで涙が出るような気持ちだなんて。
「おい! あんた誰?」
「あ、いや、俺はぁ」
知り合い、なのかと思っていたのに、そうではなかったらしい。ここまで案内してくれたその大学生は慌てて、案内しただけだから、と走って行ってしまった。
「佑久さん、気をつけて。大学が一緒ってだけで俺の知り合いとか言う奴けっこういるから」
「す、みません。僕が門のところでウロウロしていたのを今の人が案内してくれたんです」
すみません、ともう一度謝ると、和磨くんが大きく溜め息をついた。
「いや……佑久さんがここにいるから、びっくりして」
「はい」
「そんで、泣いてたから」
「はい」
すみません、と、三回目謝った。
そんな僕らの様子を本当の和磨くんの知り合いが、僕らの様子をポカンと眺めてる。和磨くんのことを取り囲むようにできていた人の輪。大学でもやっぱり有名なんだろうな。
「今の人は、サークルの勧誘をしていたんだと……メンバーが足りなくてと言ってたので。僕を新入生だと思ってしまったらしくて」
そこで色々辻褄が合ったのか、和磨くんはなるほどって顔をしてから、また一つ溜め息をついた。
「すみません」
今日、四回目。
「あの」
僕をじっと見つめる彼にマフラーをクリーニングに出したんですが持って来るの忘れましたってって、まるで小学生みたいなことを言ったら、ちょっとだけ目を丸くして、それから、ぷはって、初めて話をした時みたいに笑ってくれた。
「ナンパされてるのかと思った」
「ぇ……えぇ? ……」
そんなわけないでしょう、と、突拍子もない呟きに変な返事をしてしまった。
その返事が間抜けだったのと、「ね」って自分に呆れたように、彼が笑って、その笑った目元をくすぐるみたいに、風が銀色の前髪を揺らした。
今日は暖かい。
春の風だ。
「僕、男ですので」
「……まぁね」
基本的に男性がナンパするのはきっと女性だ。だから――。
「なんか、用事があったんでしょ? マフラーと」
「あ……はい」
そう。
「あの」
言いたいことがあったんです。
「歌、半年ぶりだって」
「あー……」
「聞きました。あ、いえ、まだ歌は聴いていないんです、イヤホン、持ってきてなくて。でも、帰ったら聴きます。絶対に」
「あー、あいつか」
あいつとは、多分、彼女の、ことだ。
「はい。それで」
「……」
「それで」
違うかもしれないけれど。
「う、自惚れ、だと思うんですけど、違うと思うんですけど、僕なんかには何も、その、ないですけど、でも、もしかしたら、万が一、ってこともあるので」
「……」
前置き、長すぎて、なんのこと? だろう。彼にしてみたら。
「あの!」
「……」
「僕、聴きたいって言いました!」
「……」
あの時、映画を観終わった時。
「和磨くんの声で、歌ってもらったら、とても素敵だろうから聴きたいって、言いました!」
優しい声、少し、高い音は掠れて、その掠れ方がとても柔らかくて僕はとても好き。
低い声は少し耳にざらざらして聞こえて、僕は、とても好き。
「だから、ありがとうございました!」
「……」
「ありがとう、ございます……歌ってくれて」
君の声が、とても好き。
だから、その声で、あの時、君と一緒観た映画の歌を聴けることがとても嬉しい。
あの時、好きだと気がつけた、君と観れた、僕にとってはきっかけの映画だったから。
「それを言いたくて、マフラーをお返しするのも忘れて、来ちゃいました」
深く深くお辞儀をした。
「……」
あとは、帰ろう。お礼、言えたから。帰ろう。
「佑久さんに歌ったんだ」
「!」
「半年、歌えなかったんだけど」
やっぱり、そうだったんだ。半年も、ずっと、止まっていた、歌を歌うこと。
「好きな子のリクエストだから、歌ったんだ」
「そうだったん、で…………ぇ?」
今、何か、聞こえ、た……けど。
僕は空耳をしてしまったと思った。なのに、ふわりと気持ちが風に舞い上がる桜の花びらみたいに、ふわりと、してしまって。
「好きな子……って」
「うん」
僕が聴きたいってリクエストした。
彼は好きな子のリクエストだから歌ったって。
じゃあ、彼の、好きな子は――。
「あ、の」
「……うん」
彼は、笑っていた。
少し気まずそうに笑って。
僕は、口を開けたまま、空気をぎゅっと握るように手を握りしめて。
「あの、だって」
「うん」
「あの、彼女は、いいんですか?」
「は?」
だって、だって。
「彼女」
「……」
首、傾げてる。
「だって、私が一番会ってたんだからって、彼女さんが」
「はぁ?」
「映画、の、チケット」
「あれは」
「うちにも来てって」
「うちって」
言ってたでしょう?
映画のチケットは彼女からもらったでしょう? 本が好きな人だから、話を合わせられるようにって、僕に色々本のこと訊いたりして。そしたら、彼女との会話がもっと盛り上がるだろうからって。
「うちって、ウチじゃなくて、あれ、美容室」
言ってた。
「………………ぇ…………ええええっ?」
「この髪、あいつのとこでやってもらってるから」
――うちにも来なよ。
「え……ぇ、え?」
――絶対だよ。流石に一ヶ月はほったらかしすぎ。
「ええええええ?」
僕はあまり自分の声が好きじゃない。
だから、普段から声は小さいし、ボソボソ、ポソポソ話す。
そんな僕が、今までで一番大きな声を、きっと出した。
彼女が、カノジョじゃなくて。
今までで一番ものすごい勘違いだった。
「っぷは。マジか。すげぇ勘違い」
今まで一番、彼が笑った。
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