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第26話 不服顔な君

「はあああ? 若葉、図書館来たの?」  和磨くん、声、さすがに大きいよ?  ここ、個室のレストランとか居酒屋さんじゃないし。ほら、隣の女の子がちらっとこっち見たし。  小さなイタリアンのお店。  個人経営のお店で、周囲も繁華街とかじゃなくて、駅も小さな駅。周りは住宅地だったから、こんなところにお店があるのだろうかと、和磨くんと並んで歩きながら、キョロキョロしてしまった。  でも、すごく素敵なお店だった。  中央に大きな、十人くらいで座れそうな木の丸テーブルがあって、その周りに二、三人が座る小さなテーブルが置いてある。店内は天井から吊り下げられてるランプと、壁を吊る草のように這う豆電球の照明がやんわりと照らしていて、テーブルそれぞれに置かれている蝋燭の火が、なんだか、誕生日お祝いのような雰囲気を出していて、少しワクワクした。  今から、誕生日ケーキの火をフッと吹き消す、そんな直前のワクワクした感じ。 「今日ってこと? 若葉?」 「う、ん。来た、よ」  そんなに、イヤそうな顔、しなくても。 「本、借りて行った」 「はい?」 「あ、近隣地区の人なら借りれるんだよ? 在住じゃなくても隣町とかからも、あそこの図書館は大きいから」 「いや、そういう意味でなくて」 「?」  借りていけたのが不思議だったのかと思った僕は、では、どういう意味での「はい?」という聞き返しだったのだろうと首を傾げた。 「若葉さん、小説、好きって和磨くんも言ってたでしょ? 本当に好きなんだね。僕とけっこう趣味が合うっていうか、ね……あのね、僕が作った春にオススメの小説のラインナップがすごく良かったって言ってくれて」 「……」 「だから普段は買う派なんだけど、借りて行こうかなって図書利用者カード作ってくれたんだ」 「……」 「あ、そしたら、若葉さん、あの、とても失礼だけど、その年齢、あの」 「……」 「和磨くん?」  頬杖をついて、珍しく、というか、僕は初めて見た。口をへの字にして、なんだか不服そうな顔の彼を。いつも笑っていたり、はしゃいでいたり、二人でご飯を食べる時、そういう表情をよく見かけるから、その不服顔は初めてで、珍しくて、じっと見つめてしまう。  そんな顔をすることもあるんだなって。 「なんか、佑久さん、すげぇ饒舌だなって」 「? うん。だって若葉さん同じ本好きで、ちょっと、その嬉しかったっていうか」 「わかんねーじゃん。佑久さんに話合わせただけかもよ?」 「えぇ? でも、そんな感じなかったよ。僕のオススメのラインナップ見て趣味がいいって言ってるくらいだし。いくつか事前に読んだことがありそうだったし」 「狙ってる」 「?」  スナイパー? 「佑久さんのこと」  僕を? スナイパーが? 「…………え、えええぇぇ?」  僕、命を狙われるようなこと、何もしてないよ。ただの図書館司書だよ。 「……それって、もしかして若葉さんがってこと?」 「……」 「ないない、ないよっ」  もしかしたら、和磨くんのファンっていうスナイパーに狙われることならあるかもしれないけれど、その、つまり、若葉さんが僕を狙うっていうのは、スナイパーってことでもなく、つまり、そういう意味で、でしょ? 「それはないってば」  あまりに突拍子もなくて、思わず笑いながら手をブンブンと振ってみせた。そんなことあるわけないからって。 「和磨くんを、だったらまだわかるけど、あんな綺麗でしっかりしている女性が僕のことをなんて、なるわけないよ」  そこらへんにいそうな、普通……ううん、普通よりもずっと地味な人付き合いの下手で、面白味もない僕なんぞを、だよって。そんなことあったらすごいことだし、そんなこと、僕自身、絶対に思わないし、思ってたら笑われてしまう。 「……わかってないだけだよ」 「?」 「佑久さんは」 「……和磨くん?」 「自分の魅力とか」 「な、ないよ。そんなの」 「……」  じっと、見つめられて、今日はあまりたくさんお酒は飲んでいないはずなのに、頬がとても熱くなった。 「けど、佑久さんには教えてあげない」 「え、えぇ? というより、魅力なんてないてば。ないから言えないんでしょ」 「違うしー。けど言わない」 「えぇ?」 「言って、自覚したらやだから」 「ええぇぇ?」 「俺だけ、知ってればいいよ」  ズルい、なぁ、なんて。 「佑久さんの魅力」  君の、和磨くんの魅力を知ってる人は山ほどいるのに。  なんて、それに比べたら、僕の、もしも万が一にもある魅力はちっともすごくはないけれど。  でも、君がとても魅力的なのはみんな知ってる。  きっと隣のテーブルの女性だって知っている。  ――手、早いよ。  その時、ふと、今日、若葉さんが言ったことを思い出した。  手、早いって。  キスも、した。  だから、もしかしたら――。  その続きだって。  いつか、ううん、もうすぐに……あるのかもしれない。  そう考えたら、ほら、僕らの間でゆらめく蝋燭がゆらゆら揺れて、誕生日のケーキに立てられた蝋燭を吹き消す直前のようにドキドキと、心臓の鼓動が早くなった。

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