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第29話 桜色
――今、大学終わったから。すぐ行く。
そんなメッセージと一緒に、走っている人のスタンプが一つ、追加で送られてきた。とても急いでいる感じに、こういうメッセージのやり取りも最小限しかしたことのない僕にはよくわからないキャラクターのスタンプだ。
今、大学が終わった……そして大学から最寄り駅のここまでは十分かな。十五分くらいかかるかも。
あっちの方から来るんだよね。そう思いながら、その大学がある方向をじっと見つめる。まだ来ないだろうけど。
今日は風がなくてよかったって、ホッとしつつ、それでも変になってやしないかと前髪をむやみにいじって。
僕は平日が休みで、彼は土曜日曜が休み。
だから、休みが同じになることはない。
普段は和磨くんを待たせてしまうことが多いけど、今日は僕が休みの日だから。
今日は僕が待ち合わせ場所で先に待っている。
「……」
デート、なんだ。
頻度はあまり前と変わらない。彼にだって大学の勉強はあるだろうし。
でも今日は今までとちょっと違う。
僕は図書館で彼から読み終わった本を返されてない。
それから、今日はレストランとかで食事じゃない。
夜桜を見に行こうって。お花見スポットで色々な屋台も出てるから、そこで夕飯にしようって。
楽しそうだ。
お花見なんてしたことないや。また、あの淡いピンク色のカーディガン、着てきてしまった。普段は図書館の後だから、もう少し地味な格好だけど、今日は、デ……。
「っ」
デート、だから。
少し華やかな明るい色の方がいいかなって。このカーディガン、映画の時に着て行ったら、印象違ってるって、でも似合ってるって言ってもらえたから。
また、着てきてしまった。
でも、また同じの着てるって思われる、かな。どうかな。
少し悩んだんだ。服どうしようかなって、マフラーを借りたままなのも持ってきた方がいいかなって。でも屋外で、屋台で食べるとかなら、手荷物は少ない方がいいかもしれないという結論になった。次、また、別の機会に、今日はこういう理由なのでマフラーは持ってきてないですって言っておこう。
「……」
そんなことを考えながら、また大学がある方へ顔をあげたけれど、まだ来てない。
もうちょっとかな。
あ、今、思ったけれど、カーディガンはピンクのままでもズボンを違うのにすれば雰囲気とか変わったのかも。明るい色とか。ベージュみたいな、白色に近い淡い色のズボン、持ってるからそっちにしたらよかったのでは。
でも、うーん、そうすると上下ともに白っぽいというか淡い色で変かな。
どうかな。
洋服選びなんて、今まであまり考えなかったから。ファッションとかそんなに気にしてなかった。誰かと出かけるようなことも少なかったし。
和磨くんは、服選びに困るなんてこと、ないんだろうな。
色々、慣れてる……んだろうなぁ。
キスだって、その、なんというか。
――目、閉じててくれたら。
慣れてたし。
「!」
その時だった。
大学があるほうの路地、そこから彼が、和磨くんが来るはずと見ていたところに、銀色の髪を見つけた。すぐにわかる特徴的な髪色に手を振ろうとして。
「……」
その和磨くんで最初見えなかったけれど、彼が笑った瞬間、その隣から女の子が顔を出した。
笑ってる。
同じ、大学の人、なのかな。
話し声まではここからじゃ聞こえないけれど、楽しそうに笑って話して。
その様子に。
「っ」
胸のところがチクチクって。
「……」
彼女の方はそのまま駅へ。和磨くんは横断歩道のところで彼女に手を振って、僕の方へ。
同じ大学で帰りが一緒になった人。
じゃあ、そこまでって一緒になって、じゃあ、私は駅だから、俺はこっちだからって、そこでバイバイをした。
「佑久さん!」
チクチクした。
けれど、そのチクチクは。
「ごめん」
「ううん」
和磨くんが来てくれただけですぐに引っ込んだ。
「…………」
「? あの、和磨、くん?」
「……いや、この前、映画の時もそのカーディガンだったでしょ?」
「? あ、うん。あの、あんまり」
そうだ。服、あんまりなくて。和磨くんみたいにオシャレじゃないものだから、こういうの、バリエーションがまだ、乏しくて。
「いや、似合ってるから、俺、好きだよ」
「!」
さっきまで、チクチクしていたんだ。
一緒に並んで歩いていた女の子は、いわゆる、可愛い感じの人だった。疎い僕でもわかる。人気のありそうな、異性から好意を持たれるだろう、そういう感じの女の子だった。僕が一番苦手なタイプ。嫌いとかじゃなくて、きっと僕などとは住む世界が違うというか、地味な僕なんて笑われてしまいそうな。
気が引けるんだ。
だから苦手。
「そのカーディガン着てる佑久さん」
だから、チクチクしてしまう。
けれど、そのチクチクは和磨くんが話しかけてくれるだけで引っ込んで。
「桜、すげぇ満開らしいよ。現地のリアルカメラで見た」
「そんなのあるんだ」
「ここ数日、めっちゃ監視してた」
「監視」
「満開の時に行きたいじゃん。せっかくならさ」
「う、ん」
「佑久さんの休みの日が一番満開って、良くない?」
「うん」
君が僕に話しかけてくれるだけで、なんというか、なんていうのだろう。
「夜になるとすげぇ雰囲気あってよかったよ」
胸のところ。
今さっきチクチクしていたところ。
「うん」
そこが、その笑顔を向けてもらえるだけで、満足する。
満杯になる。
桜が咲いて。
一面、淡いピンク色で溢れるように。
「たーすく、さんっ、行くよ」
「う、うんっ」
気持ちが桜色で満開になるんだ。
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