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第30話 花咲く
桜、すごく綺麗だった。
昨日、一緒に出かけた桜のお花見。お花だけを楽しむわけじゃなくて、屋台とかもたくさん並んでいて、まるで夏のお祭りみたいに賑やかだった。駅からは少し歩く。道はあちこち大渋滞だった。多分、僕らと同じお花見の人たちだろう。
本当に満開だったな。
「……」
カッコいいな……和磨くん。
そんな和磨くんの写真を眺めながら、「オオカミサン」の歌を聞いてる。
スマホにこんな機能があるなんて。
昨日教えてもらった新技、というかスマホの機能。本当に最低限の機能しか知らなかったから。
――けど、そのスマホ、多分さ、二画面で使えるよ。
そうなのっ? って、ものすごく驚いたら、和磨くん、笑ってた。知らなかったの? って。
知らないよ。
普段は隙間時間は本読んでるばかりだもの。
本を読んでいたから、スマホはあんまり使わなかったんだ。
その機能に驚いた俺のスマホの不慣れさに今度は和磨くんが笑った。だって、音楽聴きながらSNSとかするじゃんって。
たとえば、今みたいに写真を見てる時、画面の端を指で撫でるようにスライドさせると、ほら、それまで使っていたアプリとかが表示される。その中から、「オオカミサン」の動画をいつも見ているアプリのマークを指で、こう……。
――ぶは、佑久さん、不器用すぎ。
こう……指で押さえつつ、画面の方へアプリのマークを持ってくると……ぅ、う……来ると。
――すげぇ、器用そうなのに。
来ると。
――もう一回スライドさせてみ?
ほら! できた! スマホを二画面で見るの。上で音楽聴きながらこれでSNSをしたり、サイトとか見たり、僕は、今、オオカミサンの歌を聴きながら、彼の写真を見て。
「……」
見てみたり。
昨日のお花見の。
――佑久さん! こっち!
楽しかった。
お花見って、どんなものかと思ったけど。
なんとなく酔っ払いばかりで、真っ赤な顔したサラリーマンがあっちこっちにいるようなイメージ。
でも全然違ってて。
お祭り、とかみたいだった。
桜がトンネルみたいに左右から僕らの頭上に咲き誇っていて、それをライトが照らしてた。ほんのりとオレンジ色の灯りは桜の遠慮がちな淡い淡いピンク色を少し濃く見せてくれる。綺麗で、艶やかで。足元には散ったばかりの桜の花びらが敷き詰められていて、頭上も、足元も、全部桜色。その遥か上には夜に変わったばかりの空が真夜中とは違う浅く透き通った青色を広げていて。
――こっちの桜、手で触れそう。
本当だって、呟きながら手を伸ばす彼に見惚れていたら、その手が、桜じゃなくて僕を掴んで引き寄せた。
――写真撮ろ。
そう言って、二人で写真を撮った。
僕の写真は全然いらないけど。
うぅ……やっぱり恥ずかしい。自分の写真、すごく苦手だ。笑った顔とか変だし、でも、こういう時、真顔なのも変でしょう? だから笑ってみるけれど、やっぱり変。
変。
ちょっとブサイク。
あぁ、やっぱり僕は大丈夫って言えばよかった。
これ、こんな顔、僕、普段してるのかな。
自分が鏡で見る時と全然違う顔。
も、も、もう少し、ほんの少し、自分で鏡で見る時の方がマシな気がする。
うー、恥ずかしい。
こっちの写真だけでいいよ。
こっちの。
――あ、あのっ、和磨くんだけの写真、も、欲しい、んだけど。
――えぇ? 俺のはいいよ。
――えぇ、そんなことっ。
そんなことないよ。ぜひ、一枚でいいから、そう頼もうと思ったら。
――どうぞ。
そう言って撮らせてくれた。
その写真がこの写真。
やっぱり。
かっこいい。
すごくカッコいい。
「……」
こうして、たくさん歩きながら、美味しそうなたこ焼きとベビーカステラにケバブサンド。あっちこっちの屋台で買って、木の下に二人でしゃがみ込みながら食べた。
――桜、花の中でもダントツ好きなんだよね。
小さく呟いた彼がその時、鼻歌で、歌をうたってくれた。
僕もお気に入りの桜の歌。
僕は慌てて、その歌、知ってる! なんて、大きな声で言っちゃって笑われたんだ。あまりに大きな声で、飛びつくように声、出したから。すごく驚いて目を丸くして、それからその目元をくしゃくしゃにして笑ってた。
――ありがと。
ここ最近、季節的にもぴったりだからずっと聞いてるって。話した時に、教えてくれたスマホを二画面で使う方法。
二画面、使えるようになったけど。
でも二画面とも、君のこと。
歌っている君と。
お花見をしに行った昨日の君。
それを眺めて、気持ちが昨日の桜みたいに満開になる。
「……」
なるけれど。
今日は遅番で、彼は大学もあるから、会う約束はなくて。
「……」
たったそれだけで、今さっき満開になったはずの気持ちが、ほら、電車の外を流れる景色、空は、どんより曇り空みたいになる。
昨日、満開の桜の足元で、日差しがなくなった夜にぎゅっと花びらを閉じて、しょぼくれているようなチューリップみたいになるんだ。
今日は会えなぃ日だから。折りたたみ傘を持っていたほうが良さそうな曇り空みたいに、ぎゅっと閉じたチューリップみたいに、気持ちが斜め下に項垂れていくんだ。
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