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第31話 天気予報

 恋をするというのは、こんなに騒がしいだなんて知らなかった。  君に会える日はあんなに晴れやかな気持ちになれるのに。  君に会えない日はこんなに曇り空色の気持ちになってしまう。  僕の毎日。  朝起きて、洗濯をしながら朝食を作って、と言っても大したものじゃない。トーストを焼いて齧る程度。スープはインスタント。それから洗濯物を干して、図書館に向かう。遅番なら、散らかった部屋を気ままに片付けてみたりして。日々は何も変わりなく。  けれど、あの、クローゼットの中で黒と紺と灰色の隙間に淡いピンク色のカーディガンが並んだ日から、その辺りからずっと僕の心は上がったり下がったり、満開になったり萎れてみたり。  空みたいに。  日差しに一喜一憂するチューリップみたいに。 「……」  だから、君に会えると、チューリップが日差しに花開くみたいに、パッと花びらを広げてしまう。 「おはよ」  ほら、今、パッて。  広がった。 「ぉ……は、ょ、ぅ」  ど、して、和磨くんが図書館の、駅の。 「今日、佑久さん早番でしょ?」 「ぅ、ん」  僕は、気持ちを雲がいっぱいに広がった空色にしながらトボトボと改札を通った。そしたら、銀色の髪を見つけて、その瞬間に、パッと、雲が風に吹き飛んでいってしまった。  和磨、くん……だ。  びっくりした。  和磨くんが僕を見つめて、驚いた顔をしていたんだろう僕の顔を見て、少し照れくさそうに笑った。  そして、そこで慌てて、僕は銀色のイヤホンを外した。  自分の歌を聴いていたと思ったのか、また、ちょっとだけ照れくさそうに笑っている。  正解、です。  オオカミサンの歌を聴いてました。アップテンポな元気になれそうな歌を。  今日はそんなに寒くなくて、春らしい陽気だったからコートは着なかった。紺色の定番カーディガンにシャツにズボン。  和磨くんは白いパーカーに黒いズボン。それからブーツを履いているのがとてもかっこいい。腕まくりをしているから、ゴツゴツした指輪と合わせてるのかな、ブレスレットがたくさんついているのが見えた。 「最近、忙しくて、ごめん」 「……ぁ」  四月中はきっとそんな感じ、なんだよね。 「ううんっ」 「もう少ししたら落ち着くと思うんだけどさ」 「うん」 「図書館まで、時間平気?」 「ぁ、うん」  コクコクコクって、頭をたくさん縦に振った。  平気だよ。結構時間には余裕を持って動く方だから。それよりも、いつから和磨くんはここにいたんだろう。連絡くれれば、僕、もっと急いだのに。 「これ、渡したくて、待ってたんだ」 「……」  和磨くんが差し出したのは紺色のビニール袋に入った。 「本?」 「そう。その作家の、佑久さん、作家買いしてるって話してたじゃん? それ、その作家サンの新しいの。昨日発売つっててさ。もしかしたら、まだ佑久さん買ってないかもって思って。買った?」 「ぁ、ううん、まだ買ってない、よ」 「よかった。もしも買ってたら俺が読もうと思ってたんだけど。どうぞ」 「え?」 「たまには俺が佑久さんに本の紹介」 「……」 「じゃあ」  本を?  このために? 「図書館行くとこ、足止めしてごめん」 「ぁ……ううん。……ううんっ! 全然! ありがとう」  彼は本を僕に手渡すとニコッと笑って、僕が出てきたばかりの改札へと向かった。  ただ、本を僕に手渡してくれるためだけに待っててくれたんだ。  会えたのは数分。話せたのは、ちょっとだけ。  でも、すごく、パッて。パァ、って。  気持ちが華やかに踊っていた。  早番だから、帰ったら読もうかな。  そっか。新作発売してたんだ。知らなかった。新刊チェックとか前はよくしてたんだけど、ここのところはしてなかったから。  すごい、たくさん本を紹介したけど、作家名を覚えていてくれたとは思わなかった。たとえば、作品のタイトルだったり、内容は覚えてることはあっても、作家名も覚えているって珍しい気がする。  どんなお話なんだろう。楽しみだな。  読み終わったら、感想、送ってもいいかな。昨日発売なら、和磨くんは読んでないよね? じゃあ、ネタバレしないように気をつけつつ感想伝えないといけない。  今日、帰ってからゆっくり読んでみよう。明日は遅番だから夜更かしも多少なら大丈夫だし。  あっという間に読んじゃうだろうし。 「……あ、椎奈くん、お疲れ様」 「ぁ……お疲れ様、です」  控え室で帰りの準備をしていると近藤さんが入ってきた。 「今日、雨予報じゃなかったのに、今さっき、ちらっとみたら雨雲すごかったよ。傘持ってないなら早く帰った方が良いかも」  降りそうだよ? と教えてくれた。  確かに今朝、来る時は雲がかかってたっけ。まだ雨は降ってなかったけれど。  今のうちなら大丈夫かな。  そう思いつつ、控え室で本をカバンに入れて、ぺこりとお辞儀をして外へと。 「……ぁ」  ちょうどのタイミングだった。ちょうど外に出たのと、ほとんど同じタイミングで雨がポツリと僕の頬に落っこちた。雨、降ってきちゃった。慌てて自分のカバンから折りたたみ傘を出した。  本、濡れないようにしなくちゃ。  あ、でも。  和磨くん、傘、持ってたっけ。  今朝、ここで、改札のところで僕を待っていてくれた彼は。  傘、持ってなかった。  うん。  持ってなかったよ。本を手渡してくれた手にはなかった。左手の、無骨なブレスレットと、ゴツゴツした指輪をしている手にも持っていなかった。  傘、持ってないけれど、大学は少し駅から歩くところにある。十分くらい。  その間に濡れてしまうかもしれない。  風邪引いてしまうかもしれない。  今日はそんなに寒くないけれど濡れれば寒いだろうし。  ダウンとか着てなかった彼はそれこそ濡れたらすごく寒くなるだろうし。  じゃあ。  きっと、傘、必要だよね。  そう思って、僕は少し早歩きで駅に向かった。

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