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第35話 魔法の四文字
やっぱり無理って、何をだろう。
どうして僕がそんなことを言うだなんて思ったのだろう。
逃げるだなんて。
しないのに。
そんなこと。
でも――。
「あっ! ぁ……あ、の」
あぁ、きっとそうだ。
また、やってしまったんだ。
いつもみたいに。
きっと和磨君にも、いつもの、今までのみたいに、楽しいのに、つまらなそうにしていると。すごくはしゃいでいるのに、退屈だと思ってると。
そう思われてしまったんだ。
「あのっ、無理なんて言わない」
「……佑久、さん」
ほら、僕が大慌てで否定すると驚いている。
「逃げたり、も、しない」
「……」
違うんだ。そんなことしない。そんなこと、これっぽっちもしたくない。
「む、しろっ、その、和磨くんには、申し訳、なくてっ」
「は? なんで」
「僕、は……男、だから」
「は、はい? なんで、そんなこと。ないって。全然、これっぽっちもっ。言ったじゃん。前に、その佑久さんが男だってわかってて、それでも好きになったんだって。キスする時に」
頷いた。
そう、あの時は、そう言ってもらえたけど。
「けど、やっぱり、女の子、ではないと……」
「……」
「キス、が、その」
言わないと。
和磨くんには誤解されたくない。つまらなくない。退屈じゃない。帰りたくない。
君に会いたいって。
「そ、の……キス、が、一回だけ、だったから」
「……」
「僕の唇がガサガサだったから、女の子の唇って、ピンク色でゼリーみたいで思わず食べたくなるくらいで、ぷるるんってしてる、のに、僕は全然で。だから、リップとかつけてみた、けど、しないから、やっぱり」
「……」
「イヤだったのかもしれないって。女の子がそもそも恋愛対象だったから、間違えたと思ってるかもしれないと。それに、それに」
大慌てで、彼に誤解を招かないように、こんがらがって、あちこちが固結びになってしまっている胸の内をぐちゃぐちゃだけど、こんがらがっているけれど、それでもと、とにかく伝えた。
「その、キス一回だけで、まだ、だったから」
「……は、はぁぁ?」
「イヤ、なのかもしれないと。若葉さんからはその手が早いと」
「ちょ、手って」
「あ、あの、そのすごく僕とのこと嬉しそうにしてくれてたみたいで、それで若葉さんが……」
「あっいつ、余計なこと」
「よ、余計じゃないよ。僕は誰とも付き合ったことないし、そういうこと一切したことないから、参考になる、よ」
「しなくていいよ」
優しい低音で囁くように告げられた。
「俺、佑久さんのこと好きだよ」
ぁ……。
「男ってわかってても、好きだよ。無理じゃないんならよかった。逃げたりもしないでくれんの、ホッとした」
手が、和磨くんの手。
「手は早い、つか、だからこそつうか。佑久さんが不慣れなの知ってるから。できるだけ焦んないようにって」
温かくなってきた。
「大事にしたいって思うからさ」
「……」
「怖がらせないようにって、思って」
「……でも、最近、急に」
「あー……忙しいのは本当。それはマジでごめん。避けてたとかじゃないよ」
「あ」
そうなんだ。
「よかった」
避けけられてないならよかった。
「……佑久さん?」
「あの、僕、表情が乏しいみたいで」
「……」
「いつも、そうなんだ。楽しいと思っているのに、つまらないって顔をしているみたいで。よく、子どもの頃からそうで。どこか出掛けたりして、自分はすごく楽しんでるのに、それが顔に出ないから楽しくないんだと思われてしまうらしくて」
「……」
「だから、その、きっとつまらないって顔してたんだろうけど、そんなことない、です。すごくっ、和磨くんといると楽しいです。もっと、たくさん一緒にいたいって思ってます。キスも、ちっともイヤじゃなかったです。嬉しかったし、ドキドキしたし。もっとしたいって思いました。だから無理もしてないし、逃げるなんて、ちっともっ。もっとたくさん」
「佑久さん」
「はいっ、っ……」
心臓、止まってしまうかと思った。
おでことおでこがくっついて、一瞬、キスをされるのかと。キスをしてもらえるのかと、ドキリとしてしまった。
「佑久さん、表情が乏しいなんて思ったことないよ」
「……」
「いつも一生懸命で可愛いって思ったことは何度もあるけど」
「……かわ」
「今も、一生懸命に気持ち話してくれてるとこ、すげぇ、可愛かった」
「……僕」
「好きだよ」
「っ」
すごい。
とても短く、たったの四文字なのに。
その四文字で不安も心配も申し訳ない気持ちも、全部。
全部。
消えていく。
そっと、唇が触れた。
本当に、そっと。そーっと。
「キス、イヤじゃなかったんだっけ?」
「いや、じゃない、です」
きっと、この四文字で不安が消えるのは、嬉しくて、ドキドキするのは。
「……ぁ、の、僕も」
僕だけじゃない。
「好き、です」
その魔法のように一瞬で不安を吹き飛ばしてくれる言葉を告げて、僕からもキスをした。
とてもぎこちないけれど、すごく不器用だけれど、目を瞑り、唇に唇で触れた。
どうだっただろう。
毎日リップは塗っていたけれど。
会えない日も毎日毎日リップ塗ってた、けれど。
「やば」
「!」
「佑久さん」
わ。
って、そう驚くくらい。
そのくらい和磨くんが笑ってくれた。とても嬉しそうに笑ってくれた。
「佑久さん」
はい。
「あのさ、今日、は、離したくないって言ったらさ、困る?」
「ぁ……」
僕も離れたくない、です、そう言ったら。
「ぇ、あ……ううん……困らない、です」
困りますか?
どうか。
どうか、困らないでください、そう願いながら、そっと、でも、確かに強く和磨くんにしがみついた。
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