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第36話 僕ら用

 ドキドキ、する。 「……」  心臓、破裂してしまう、かもしれない。鏡の向こう側、和磨くんのルームウエアを着ている自分を見て、そう思った。じっとしていると、自分の心臓が躍っているのがわかるんだ。本当に。 「佑久さん? 出た?」 「!」  和磨くんだ。バスルームの扉の向こう側、すぐそこで声が聞こえた。 「あっ、はいっ、出ましたっ」 「服、着た?」 「あ、は、いっ……着ま、した」  お風呂を借りてしまった。先に和磨くんが入って、それから、入れ替わって僕がバスルームをお借りした。  そっと、バスルームの扉を開けると、そこに和磨くんが立っていた。目が合って、一瞬、目を大きくしてから、僕をじっと見つめてる。 「あ、あのっ、服、ありがとう、ございます」 「……少し、デカかったね」  お風呂を、借りて、しまったんだ。  今夜は、その……帰らない、から。 「髪、ちゃんと乾かした?」 「あ、うんっ、あの」  まだ少し乾いてないかもしれない。今、ドライヤーしてた最中だったんだ。  あまりにもシャンプーでこんなに変わるのものなんだって少し驚くくらい、髪がサラサラになったから、少し驚いて、鏡に映る自分をじっと見つめて、色々考えてるうちに頬が赤くなってきて、そしたら、バスルームの向こう側から和磨くんが声をかけた、ので。 「まだ少し濡れてない?」  まだ途中、だったんだ。 「佑久さん、サラッサラじゃん」 「あ、うん。和磨くんのシャンプー借りたら」 「あれ、若葉の店の」 「そうなんだ」 「毎月、がっつりカラーリングするからさ、これ使えって。社割にしてやるからって」 「そっか」  銀色にするのはきっと大変なことなんだろう。 「……あ」  髪に、はたして神経は通っているのだろうか。 「佑久さんの黒い髪、めちゃくちゃ気持ちいい」 「っ」  僕も、気持ちいい。和磨くんの指にすいてもらうの。 「? 和磨くん、外に?」  僕がバスルームを借りている間に出掛けてたみたいだ。上着、着てる。 「あー……」 「ごめん。買い物、あったなら僕も一緒に。というよりも、言ってくれれば、僕、和磨くんがお風呂している間に買い物してきたよ。お風呂後に外行くと風邪、引くよ」  髪の毛が芯まで冷えてしまったら大変なのに。少し離れると言っていたけれど、駅までは往復したって十分くらいのものだ。僕が行ってきてあげればよかった。 「いや、まぁ」 「?」  いつもハキハキとお話しをする和磨くんが言葉を濁すのはとても珍しくて、僕は首を傾げた。そんな僕を見て、困ったように銀色の前髪をかきあげる。 「今日とは思ってなかったんで」 「?」 「もろもろ」 「……ぁ」  それは、僕ら用に、必要なもので。  ないと、きっとできない。 「うん」  買ってきて、くれたんだ。 「ありがと」  きっと和磨くんが今まで付き合ってきた女の子とする時には必要のなかったもの。もちろん、避妊具は必要だけど、僕らがするにはそれだけじゃなくて。 「佑久さん?」 「僕も、その、調べたり、したので」 「!」 「だって、若葉さんが、その手が早いって、さっき、あの、言った、でしょ? だから、調べたり、してた……んだ」  びっくり、した?  和磨くんが固まってしまった。 「あ、の……一応、慣らすのも、自分でやってみたり、したんだけど」  したんだ。 「……え?」 「っ」  僕はぎゅっと両手に力を入れて、少し大きい彼の服の袖を握り締めて俯いた。 『男性同士の……』  セックスの仕方。  ネットで調べて、準備が必要なんだって知った。女の子との経験はあるだろう和磨くんと僕が、ちゃんとできる、ようにって。  最初は戸惑うことばかりだった。図書館での仕事から帰ってきては、サイトに書いてあることに狼狽えて、一人で真っ赤になったり、焦ったり。 『準備……えっと、え、ええっ……そ、っか』  ローションもちゃんと調べて買ったんだ。薬局で、自分で。 『えぇ……』  できるかな、って、不安になりながら。少しずつ少しずつ。焦らなくていいとネットにあったアドバイスに勇気づけられながら。色んな記事を参考にしながら。 『えっと』  すごく緊張した。  恥ずかしかったし。  だって、そんなとこ、触ったこともないから。  不安だったけど。  でも。 『こう、かな』  いつかって。 『もう、一回……』  思いながら、時間がある時は、夜に自分の部屋で準備してたんだ。 「佑久さん」 「は、い。あっ、でも、あのまだ全然で。僕、そもそも不器用なんです。学生の時、運動は全く。音痴だったし。家庭科も得意じゃなくて」  つい、和磨くんが吹き出した。僕の大慌てで必死な言い訳に。 「なので、和磨くんが」  してきた女の子と同じようにはまだ。 「違くてさ」 「?」 「俺も、めっちゃサイトとか見たりしたからさ」 「……ぁ」 「嬉しかっただけ。それと、抱きしめていい?」  囁いて、頷くよりも早く抱き締められた。彼の腕の中、包んでくれる上着には外の匂いと、少し外の冷たい風がまだ染み付いてたから、僕もぎゅっと抱き締め返してあげよう。 「絶対にさ……」  はい。 「丁寧に、大切にするから」  は、い。 「佑久さん」  ぎゅって。  君と今からする行為のためにたくさん綺麗に洗った身体で、外に僕ら用にと準備のために買い物をしてきてくれた君を温めるように抱き締めた。

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