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第39話

「はい。目瞑って」 「は、はいっ」  優しい声が響いて。それから僕のぎこちない返事が大きくバスルームに響いた。それから大きな水音。 「っぷは」  あと、和磨くんの楽しそうな笑い声。 「目にお湯入らなかった?」 「う、ううん」 「ごめん。うちのバスルーム椅子ないからさ」 「ううん」 「お尻、痛くない?」 「! へ、平気、です」 「そ?」  コクンと頷いたら、濡らした髪からパタパタと雫が落っこちて、僕は慌てて目をまた瞑った。水はちょっと不得意なんだ。カナヅチではないけれどあんまり泳ぎは得意でなくて。学生の頃も水泳の授業は好きじゃなかった。 「タオル、いる?」 「へ、き」  シャワー浴びるのに、腰に力が入らなくて立ち上がる時によろけてしまった。そしたら、心配してくれた和磨くんが一緒にお風呂に来てくれて。僕は、大丈夫って、先に入ってもらって、その間にゆっくり移動するからって言ったけれど、ダメ絶対、て言い張る和磨くんに強制連行。身体洗うのを手伝ってもらうことになってしまった。  そして、今、二人でバスルームの中。  頭洗ってもらうなんて、まるで子どもみたいで、気恥ずかしい。  それに――。 「俺の膝の上、乗る?」 「?」 「さっきみたいに」 「! ひゃ、へ、へ、へへき」 「っぷは、真っ赤」  それに、さっきまでこの和磨くんの裸にたくさんしがみついてたって思うと。 「! 三角座りで大丈夫っ」  目のやり場に困ってしまう。同性なのに、裸、直視できないよ。ドキドキして仕方ない。 「? 体育座りのこと?」 「? うん。三角座りって、ずっと言ってた」 「へぇ」  だって、ほら、ここ、足が三角だから。 「なんか、なんつうの?」 「?」 「佑久さんって、全部ツボ」 「壺?」  骨董品ってこと? 古臭い? 「いや、違くて、っぷははは」  和磨くんはひとしきり笑ってから、きっとおしゃべりしている間に雫が落ちきってしまったんだろう僕の髪を丁寧にもう一度シャワーで濡らしてくれた。 「佑久さんがやること全部、すげぇ、俺には可愛くて困るってこと」 「……」 「好みドンピシャってこと」 「……僕、が? でも、同性」 「そ、同じ男だけど。性別関係なく、佑久さんが。すげぇ全部可愛いってこと。ほら、シャンプーするよ」 「う、ん」  さっきしたシャンプー。すごくいい香りだった。あっという間にふわふわに泡立っていく。そして、いっぺんにするようで今度は和磨くんが自分のを。 「あ、僕がっ」  大慌てで僕が手を伸ばして、和磨くんの代わりに銀色の髪を洗って上げた。 「佑久さんの手、気持ちイー」 「そ、そう? 人の髪なんて洗ったことないから、痛く、ない?」 「ぜーんぜん」  目を瞑ってる和磨くんがなんだか可愛いって思った。普段はかっこよくて、男っぽくて、腕とか力強くて。  銀色の髪に負けない印象深い眼差しとか。 「……和磨くんは、どうして僕が思ってることとか、わかるんだろ」 「?」 「さっきも、ツボと壺とか。他にも」 「あー」 「僕が楽しいとか、嬉しいとか、も、わかる?」 「……わかるよ」  そうなんだ。  どうして和磨くんには伝わったんだろう。  他の人にはいつも楽しいとかちっとも気が付かれないのに。むしろつまらないと思ってるって誤解されるのに。和磨くんはそれがないんだ。 「一度さ」 「?」 「図書館で本を読んでる佑久さんを見つけたことがあったんだ」  そう、なの? 「すげぇ、楽しそうに本読んでた」  いつだろう。配架の時かな。特に古い本は傷みやすいから戻す時、しっかり確認するんだ。その時だったのかな。たまにしてしまうんだ。本当はダメだけれど、パラパラとページを捲っていると、「わ」ってなって、先が気になって、手を止めてしまう。本をそこから読み始めてしまって。本当はダメだよ? でも、つい。本の虫だから読んじゃう習性なんだ。 「少し笑ってて。姿勢良くて、手元にある本に視線落として。そん時の顔がすげぇ目離せなかった」 「……」 「俺といる時もあんなふうに笑って欲しいって思った」 「……」 「俺がこの人の一番になれないかなー……って」  銀色の髪に負けない印象深い眼差し。 「一番、だよ」  とても優しくて、あったかくて。けれど、瞳の奥に強さがある。 「和磨くんは僕にとって一番、です」 「……ありがと。シャンプー、流すね」 「う、うん」 「目、瞑ってて」 「うんっ」  そしてお湯が頭からかけられて、スルスルと泡が和磨くんの指先に促されて流れていく。お湯に溶けて、フワフワだった泡が消えてく。今度はお湯が和磨くんへ向けられたんだろう。すぐそこで水音は聞こえるけれど、特に僕は待ってるだけ、僕が今度は流してあげなくちゃって、目を開けようとしたら。 「目、瞑ってて」 「は、はいっ」  今度はコンディショナーが。 「っ……」  気持ち、い。  和磨くんの指で髪が柔らかくなっていく感じ。指が僕の髪をすいてくれて、頭撫でられてるのがなんだかすごく。 「流すよ」 「ん」  そしてコンディショナーをお湯で優しく流してくれた。 「……」  目を開けると、銀色の髪から雫を零す和磨くんと目が合った。濡れた瞳は心臓が止まってしまいそうなほど、目が離せない。濡れると色の濃くなる銀色の髪も、ドキドキする。  髪、洗ってもらっただけなのに。  今、僕――。  ドキドキして、仕方ない。 「すげぇ好き」 「ん」  真正面からキスされた。濡れた唇同士で重なるキスはとても瑞々しくて。 「あ、ふっ……」  キスが、美味しいと感じてしまう。 「ん」  舌がとろけてく。 「あの図書館で見た佑久さんの表情、今もすげぇ覚えてる」 「……ぇ」 「今の表情ちょっと似てる」 「そう、なの?」  本の虫は、何をその時読んでたんだろう。 「やば……」 「ん、は……ふ」 「キス、止まんねぇ」 「んっ、っ」  でもきっと大事でお気に入りで、大好きな一冊だったんだろう。配架の時に読み耽ってしまっていたら、仕事なのに怒られてしまう。それでもつい読んでしまった一冊なのだろうから。とてもとても大好きなお話だったんだ。そういう一冊を読む時はすごくドキドキして、ワクワクして、夢中になってしまうんだ。時間も場所も忘れて、その文字一つ追うことに懸命になってしまう。  夢中、だったんだ。  きっと。  絶対に。  今もその時と同じ表情なら。 「佑久さん」 「あっ」 「ここにゴムないし、お尻、つか腰に力入らないでしょ?」 「あ、前」 「うん、だから前、一緒に触ろ」 「あ、あ、あ」  ドキドキして、ワクワクして、時間も場所も忘れてしまうくらい。 「佑久さん」 「あ、和磨くん」 「うん。キス」  僕は夢中なんだ。 「しよ」 「ぅ、ん」  君に夢中で、大好きで、大事な一番、なんだ。

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