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第40話 今日がベスト
なんだか枕がふかふかだ。
気持ちい。
あとなんだか掛け布団がさらさらしてる。
気持ち、い……あ、そっか。
ここ。
僕の部屋じゃないよ。
――佑久さん。おやすみ。
和磨くんの部屋だ。
そうだ。
昨日、僕、泊まったんだっけ。
雨、止んだかな。
なんだか夢のようだけど。
そうなんだ。
――あ、和磨、くんっ。
昨日、僕は初めて。
――佑久さん、気持ちい?
彼と結ばれたんだ。
和磨くんと。
「は? マジで?」
和磨くんの声がする。
なんだろう。
慌てているみたい。
最近、忙しいんだった。
今日だけ特別。本当だったら今日も……じゃないのか、昨日も和磨くんは予定があるみたいだった。それを急遽僕のために時間を作ってくれたんだ。僕が色々ぐるぐるしてしまったから。
避けられてるのかなぁって思ったりもしたけど、避けられてなかったみたい。
僕ではダメだったのかなって思ったりもしたけれど、ダメではなかったみたい。
「いや……大丈夫だけど、つか、若葉」
若葉……若葉さんと話してる?
「マジで?」
電話? かな。和磨くんの声しか聞こえない。
「いや、行く、ありがと。マジで助かる」
なんだろう。
何か急用かな。
僕、帰らないと、かな。
うん。帰らないとです。
「佑久さん!」
はい。起きます。
「ごめん」
今、何時なんだろう。あ、ううん。何時だから起きたくないとかじゃないです。
「起きれる?」
起きます。
うん。大丈夫、だよ。忙しいよね。
「ちょっと」
すぐに起きて、すぐに出るから。
服だって、昨日、僕らが、その、えっと……むす、むす、結ばれて、再度お風呂入って、そのお風呂の中でも、し、しなかったけど、結ばれはしなかったけど、でも、その色々したりして。その間に僕の服一式はキレイに乾燥まで終わっているから、大丈夫です。パジャマとしてお借りしたこの洋服は洗ってちゃんと返します。
「本当、ごめんっ」
あと、こちらこそすみません。マフラー、次こそは持ってきます。そろそろマフラー必要なくなりそうですが、でも、やっぱり雨が降ったり、曇りで北風が吹いてる時などはもうしばらく使うと思うし。
「ワガママで、マジで」
全然。僕こそワガママです。昨日は時間を作ってくれてありがとうございました。
「今から行きたいとこあるんだけど!」
はい。気をつけて行ってきてください。僕も一緒に部屋は出るので安心して。
「一緒に来て欲しいんだ」
ください。
「佑久さん!」
目を開けると、すぐそこ、数センチのところに和磨くんの顔があって、寝起きゼロ秒での至近距離に僕の心臓が飛び跳ねる。
「身体しんどかったらごめん。若葉が車出してくれるからさ」
「……? ぁ」
「一緒に来てくれる?」
「ぇ、う、ん……」
「佑久さんに、見せられる」
何を?
そう尋ねようとしたけれど。
「今だけしかチャンスなさそうだから、一緒に、とにかく来て欲しいんだ」
その声がとても弾んでいたから、何がなんだかわからないけれど、釣られて僕も気持ちが弾んでドキドキしてしまって「うん」と頷く声すらもつっかえてしまった。
「おっはよー」
「若葉!」
和磨くんのマンションの手前にピンク色の小さな車が滑り込むように停まった。
若葉さんの車、みたいだ。
「おーい! 乗って」
僕は慌てて頭をぺこりと下げた。
どこに行くのだろう。朝、まだ五時半。
「ありがと。若葉」
「いえいえー」
「あ、あの」
「おはよー。佑久くん」
「おはよう、ございます。お邪魔、します」
小さなピンク色の車の中、後部座席に僕と和磨くんが乗り込むと、甘い、でも、ちっとも嫌味じゃない良い香りがした。
「もうみんなも向かってるよー」
「マジで?」
「衣装も昨日採寸して準備済み」
「はっや」
「私を誰だと思ってるわけぇ?」
「ありがとう」
少し丁寧に、少しかしこまった声で和磨くんがお礼を言うと、運転中で前を見ていた若葉さんが一瞬だけ視線を僕らのいる背後へと向けてから、いえいえ、って優しく、口元で微笑みながら答えた。
なんだろう。
どこに行くんだろう。
みんなって?
衣装って言ってた。
和磨くんは……普通にいつもの少しラフな格好、だけど。
「駅から少しあるんだけど、前がジムなんだよね」
「建物入る?」
「へーき、角度気をつければ」
「マジか」
ジムに行く、わけではない、みたい。建物は入っちゃいけないみたい。
「っていうか、和磨、声出る?」
「出る」
「あ、そ」
「髪、ご機嫌そう」
「昨日、佑久さんに洗ってもらったから」
「なるほどねぇ」
やっぱり美容師さんだから髪のコンディションとか気になるのかな。
「よかったじゃん」
そして、車は少し急いでいる若葉さんの運転に、僕らを何度かぎゅぎゅっと傾くくらいに揺さぶりながら、どこかに到着した。
「やっぱ朝は少し寒いね」
若葉さんはその朝の外気に身体をぎゅっと丸めて、ストールをその肩に巻きつけた。
「佑久さん、これ着てて」
「え、でも」
僕の方にかけてくれたのは和磨くんの髪色に似た、白に近いグレーのダウン。彼が僕と映画に行った時にも着ていたものだ。
それを脱いでしまうと和磨くんは白い長袖のTシャツで少し寒そうだけど。
でも背筋が伸びていて、なんだか気持ち良さそう。
そんな彼が真っ直ぐ向かっていったのは。
「……」
大きな桜の木。
「わ、ぁ」
まん丸にふっくらとして見えるほど、枝の先までふわふわに桜の花を咲かせてる。
「綺麗だよね」
「……は、ぃ」
そこに四人、楽器を持った人がいた。淡い、桜色のスーツを着ている。
「風、少し強め。桜は今一番満開で、ちょっと花びらが待ってて。朝でそれで、佑久くんもいる」
まるで独り言みたいに若葉さんが呟いた。
「今日がベスト」
そして僕に微笑んで。
「でしょ?」
僕は胸がドキドキして、真っ直ぐ桜のもとへと歩いていく和磨くんの背中を見つめた。
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