44 / 131
第44話 僕の部屋
僕の部屋に和磨くんを招いた。僕の部屋なのに、招いた側なのに、とても緊張してしまって、クッションを差し出して、お茶を出して、そうだ、お菓子も、なんてしていたら、親戚の家みたいって和磨くんが笑ってた。どうぞお構いなくとたくさん笑ってから僕をそっと引き寄せるとキスをした。
夕飯はハンバーグ。
餃子もいいなぁって思ったけど、でも、にんにく、どうかなと……その、キス、するなら、どうなのかなと思って。和磨くんはお肉料理好きそうだったから、ハンバーグにした。玉ねぎを炒めるの時間がかかって大変そうと思ったけど、でも、お喋りしながらだったから、楽しくて、いつの間にか玉ねぎは飴色に変わっていた。
レストランとか居酒屋さんに一緒にいる時もそうだったっけ。どんなにお料理が遅くても、和磨くんと喋ってるうちに届いてしまうから待ちぼうけにならなかった。むしろ、もう来たねって思うくらい。
いつでもどこでも、和磨くんと過ごす時間は僕の普段の倍くらいの速さで過ぎていく。
お喋りしながらの料理は楽しかった。
合間でするキスはとてもドキドキした。
あの時は本当にとても悩んでたのに。
キス、もうしないのかなって、本当にかなり考えてたのに。
今は、悩んでいたことがくすぐったくなるくらい。
「っ……っ、和磨、くん」
キスをたくさんしてる。だから、ちょっとだけ、悩んでたことが懐かしい、なんて。
「ぷるるん」
「! っ、も、もう、だからっ」
「俺、佑久さんの唇すげぇ好きだけど?」
「! っ……ン」
そんなことを至近距離で言われると、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。困ってなんと返事をしようか迷っている和磨くんが笑いながらキスをした。
唇を啄む、優しくて、でも、ドキドキするキス。
「あ、の、僕も、好き……和磨くんの唇」
「ぷるるんってしてる?」
「もうっ」
優しく笑いながらまた唇が触れる。
「ん」
そのまま自然と和磨くんの唇に合わせて口を開けると、柔らかい舌が入ってきて。
「ン」
キスが濃くなる。
あの時の悩みの種だった、僕の唇が潤んじゃうくらい。
交わしたキスで濡れるくらい。
「あっ」
キスが深くなる。
「佑久さん」
わ。
「あ……っ、和磨、くん」
「んー?」
「やっぱり、か、風邪、引くよ。何か、やっぱり服」
コンビニならすぐそこにあるから。
おじいちゃんみたい、なんて思わないから。
ご飯を食べて、お風呂に入った。先に入った和磨くんは一日着ていた服をもう一度着るのも微妙だからと、僕の、と思ったけど、サイズが違うから着れないですねってなって。
そのまま。
大急ぎで僕がお風呂に入り、出てきた。
そしてまた、キスをした。
なので、今現在、和磨くんはお風呂上がってからずっと、上半身裸で。ズボンは、今日履いてたズボンだ。でも、あの、きっと、その、ズボン、の下とか……は。
僕はあの時、初めての時、パンツ、履いてなかったみたいに。
だからきっと、今、和磨くんも……。
「佑久さんのえっち」
「! だ、だって」
「っぷ、否定しないんだ」
とても困るんだ。
だから服あった方が僕の心臓にとてもいいと、思い、ます。
肌着でもなんでも買ってきた方がいいよ。大は小を兼ねるとはまさに、だよね。もう少し大きいサイズの服を買っておけばよかったよ。
大きい服なら体が小さい人も着ることはできるけれど。
小さい服は着れないもの。
あ、いや、その、和磨くんが、太……って、いうか、体格がいいとかじゃなくて、恰幅がいいとかじゃなくて、手足の長さが違っていて、筋肉のつき方が違っていて。
僕のように本ばかり読んで、運動らしい運動をしてこなかった筋肉皆無な貧相な体格でちょうどいい服が和磨くんに合うわけもなくて。
和磨くんの、その。
「!」
「えっち」
「! ち、ちが……わ、ないけど」
ドキドキして仕方ない。僕はこんなにかっこいい、その、か、カ、彼氏、が……いるんだってことに。僕はこんなにかっこいい和磨くんと、結ばれたって、今日も、その、するんだって、思うと。
「違わないって言っちゃう佑久さん、すげぇ好き」
「ひゃへ?」
「佑久さんだけ見ていいんだから、たくさん見てよ」
「そ、そう言われて、も」
そっと優しい声で和磨くんが僕の名前を呼んだ。僕は、ほらこんなにドキドキしてしまって、また変に甲高い声で返事をしてしまう。チラチラと和磨くんの裸をちょっと盗み見ながら。
「下も見る?」
「ひゃあああああ」
そう言って、和磨くんがズボンのボタンに手をかけて、僕は大慌てで顔を両手で塞ぎつつ、指の間からちらりと。
「!」
「っぷあはははは」
「も、もおっ!」
「やば」
ごめんなさい。見ていいと言ってもらえたので、盗み見ようとしました。だってだって。
「佑久さん可愛過ぎ」
和磨くんは僕の心の中の謝罪が聞こえたみたいに笑って、額をくっつけた。まるで、そこからなら僕の心の声が伝わっているみたいに。
「今日の俺、佑久さんの部屋に来れてテンション高い」
「へ? あ、僕の、部屋? 何もない、よ」
「本ばっかだね」
上半身裸のままの和磨くんが楽しそうに僕の部屋をぐるりと見渡した。
本当に本しかないんだ。本があれば充分だったから。
「だって、本、ばっかり読んでた、から。面白くないでしょ? ふ、普通の部屋で」
「全然」
オシャレな部屋なんかじゃない。ベッドにテーブル。テレビはなくて人を招くには少し退屈にさせてしまうような部屋だ。
「あ、でも最近は本だけじゃないよ」
「?」
「ここで和磨くんの歌う歌をたくさん聞いてる」
「……」
「テレビ、ないから、すごく静かなんだ」
音は小さな僕の生活音だけ。それから本を読んでる時のページをめくる音くらい。
「でも、和磨くんの音楽を聴くようになって」
君の歌を聴いてるとあっという間に時間が経っちゃうんだ。小さな、無音が心地良かったはずの僕の部屋が君の奏でる歌で溢れる。
最近は、この間の「ハル」を聴いてるからなんだか春を感じる。
「今日はその和磨くんが僕の部屋にいる。お喋りの声がして、すごく賑やかだなぁって」
「……」
ちらりと和磨くんを見ると、じっと僕を見つめてた。少しだけ、眉を上げて、ちょっとだけ驚いたような顔をしてから、口元を緩めて笑ってくれる。
「佑久さん、可愛すぎ」
今? どの辺りが、なのだろう。
そして和磨くんは笑顔のままキスをくれた。
「ん」
ちょっと息が唇の隙間から溢れ落ちるようなキスを交わして。
「ね、佑久さんさ」
「?」
「前に、自分で準備しようとしたけどって言ってたじゃん?」
「へ? あっ」
「ここで、した?」
「ぁ……え、っと」
した、よ。
指、ちょっとだけ。上手にできなかったけど。
「っぷ、めっちゃ佑久さん顔真っ赤」
「ひゃ、っ」
だって、和磨くんの裸、は……心臓にあまり良くない、から。
だってだって、和磨くんが僕の部屋にいる、から。
僕が寝ているベッドにいて、僕が歌を聞きながらうっとりしちゃうベッドの上にいて、裸なんて、心臓に悪いよ。
「だっ、て……っ、ン」
「見たい」
「ひゃ……え? え?」
「準備」
静かで退屈だった僕の部屋に、君がいる。
「見たい、佑久さんの、してるとこ」
君がいて、君の体温分、僕の部屋が温かくて、心地良くて、僕はずっと自分の部屋なのに、ドキドキしている。
ともだちにシェアしよう!