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第47話 銀色の怖い人

 着替え持ってきてたのに教えてくれないなんて、ズルいよね。  僕は上半身裸の彼にずっとドキドキして、目のやり場に困ってたっていうのに。あの日、僕はオフの日をのんびり過ごしながら、何度も、自分の部屋に和磨くんがいたんだという事実に、赤くなってみたり、ふわふわしてみたり、焦ってみたり。  何にも予定がなかったから忙しくないはずなのに、とても忙しかった。  あ、和磨くん、SNS更新してる。 「……」  全く使いこなせていなくて、ただ、「オオカミサン」と連絡を取るために以前にアカウント登録をしたSNS。フォローしてるのは「オオカミサン」だけ。僕が会話した履歴は個人的にやり取りができるメッセージのところだけ。  ――イヤホン、お預かりしています。  そうだった。こんなだったっけ。  今だとくすぐったいほどよそよそしいメッセージ送ったことがあるだけ。  もちろん、オオカミサンはたくさんのフォローしてくれている人たちに向けて、コンスタントに色々なことを呟いていた。  ――今、読んでる小説、めっちゃ先が気になる。  今朝、かな。電車の中で、かな。  そう呟いている。  ――けど、大学の講義だ。  それは大変です。講義はちゃんと受けないと、です。  行ってらっしゃい。  と、胸の中で、和磨くんに挨拶をしてスマホを閉じた。図書館内にスタッフはスマホ持ち込み禁止だから。そもそもスマホをそんなにいじることのなかった頃は別に何もなったけれど、今は行き帰りスマホで音楽を聴いているから、図書館に入る前にイヤホンを外してスマホもしまった。  今日は午後からなんだよね。  忙しいかなぁ。  明日が休日だから忙しい気がする。でも、受験シーズンはもう終わったから、自習もできる読書エリアの混雑は解消されるかな。受験前と夏休みは自習もできる極小スペースは大人気なんだ。受験前は集中したいからだなんだと思う。夏休みは、涼しくて静かだからかな。  ゴールデンウイークは同じように連休だけれどそんなに混まないんだよ。  みんなどこか旅行とか行っているのかもしれない。  あ。  そういえば、ゴールデンウイークだ。  大学、ないよね。といっても、僕は仕事あるけど。でも、平日にシフトで休みを取ってて。あ、ほら、やった。ちょうど連休中に僕が休みの曜日がある。  この日、空いてますか? って、訊いてみよう。 「あ! 椎奈くん!」  は、はいっ。  あ、今、スマホはしまいます。  せっかくカバンに入れたのに、自分のシフトと連休の曜日を確認するためにスマホを見ながら、スタッフ控え室に入ったところで、近藤さんが飛び付くように僕のところへやってきた。  スマホ、禁止、と言いたいに違いないって、急いでスマホをカバンに。 「ね、前に、椎名くんに話しかけてきた銀髪の人、覚えてない?」 「え?」 「いたでしょ? 銀髪で、ちょっと怖そうで」  怖そう、だったかな。  ちっとも怖くないよ? むしろとっても優しくて楽しい人だよ。 「ね、ねっ、あの人、すっごい有名な歌い手さんだったの、知ってた?」 「ぇ……あ」  知ってるも何も。 「すごいバズってる、動画があって、見たら、あの銀髪の人にそっくりだったの! 多分、そう!」  バズ……って? 英語?  多分、じゃないよ。そう、です。 「すごい人だったの! 知ってた?」 「……ぁ」  知ってたよ。百七十万人もの人が聴くすごい歌の人で、僕の、その恋……人だったりもして。  そっか。あの後も、和磨くんはたまに訪れてくれていたけれど、でも、童話、児童書を担当している近藤さんと、小説担当がいるフロアが違うから、誰がきたかなんてちっともわからないのか。あの時見かけたのだって偶然だったし。 「あの……」 「わぁ。すごい。私、有名人って会ったことないんだよね。びっくりした」  近藤さんはそう呟いてから、サインもらっておけばよかったって、言いながら、控え室を出て行ってしまった。  言うタイミング、逃してしまった。  後で言った方がいいかなぁ。  でも言ったら、さっきの勢いだと、なんか、ちょっとすごそうだよね。僕みたいな人見知りの退屈人間にも臆することなく話しかけてくれる人だから。和磨くんにもたくさん話しかけてきそう。  それは良いことのはずなに。  ちょっとだけ。 「はぁ」  僕の心はこんなに狭いのか。  和磨くんが女の人とお喋りするタイミングを少しでも減らしたいなんて。  あんなにたくさん好きって言ってもらえてるのにね。 「よ、いしょ」  なんて和磨くんのことばかりじゃなくて、ちゃんと仕事をしなくちゃ。 「っ」  この返却口のポストの向こう側、つまりは本がポストの口から投入されて、それを受け取るビニール製の袋のついた箱。いつも思うけれど、ちょっと大きすぎる気がする。 「んー」  その大きな一メートルの四角の中から一冊一冊丁寧に、本を傷めないように取り出していく。そして、その底に薄い単行本が合った。とても薄過ぎて、普段ならどうにかしすれば届くはずの指先が、何をしても、その本の表面を撫でることしかできなくて。  もうちょっと、なんだけど。 「ううーん」  ほら、もうちょっと。 「これ?」  え? 「……はい」  びっくりした。急に隣から声が聞こえてきて、何かと思ったら、知らない男性が一緒に返却された本が入ってくるビニール袋の中に手を伸ばして。 「どうぞ」  取って、くれた。 「あ、ありがとう、ございます」 「……」  ペコリと頭を下げて、本を受け取り、そして――。 「あ、の……何か」  目が合ったまま、何も話しかけてこない彼に、僕はどうしたものかと口を開きかけて。 「本当に、男だ」 「……」  そうよくわからないことを呟かれて。 「……え?」  ポカンと彼を見上げてしまった。

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