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第48話 風の又三郎さん

「本当に男だ」  僕のことだよね。  あの。  えっと。  突然そんなことを言う知らない人に、驚いて顔を上げた。  とても背が高い人だ。  一メートルの深さのあるビニール袋の中にあった薄い児童書をなんなく取り出せてしまった。手足が長くて、まるでモデルさんみたいな人。  若い、人。  大学生くらいかな。  髪は茶色だけれど、派手な感じではない。  彼の地毛がその色なんだろうと思えてくるほど自然な茶色。 「ぁ……の」 「あ、ごめん。失礼な言い方になったよね」  いえ、そんなことは。 「本当なんだって驚いて、つい」  本当、っていうのは、あの。 「失礼しました」  お詫びをされて、慌てて、首をブンブンと横に振った。 「っていうか普通急に話しかけられたら、警戒するし、どう考えても、俺、不審者だよね」 「い、いえ、あ、あの、本をお探し、ですか?」  図書館に来た人に話しかけられるのは大概がその理由だから。  女性には話しかけにくいから僕に、尋ねたのかな。そういうの僕はわかる気がするけれど、でも、こんなこと言うのは失礼かもしれないけど。この人はそんな女性に話しかけるのを躊躇うようなタイプには見えない。  女性にすごくモテそうな人だったから。  和磨くんとはまた違うタイプ、けれど和磨くんみたいに女性にすごく人気がありそうな人だなって。 「俺、和磨と同じ大学行ってる人」 「!」 「市木崎悠翔(しきざきゆうしょう)って言います」  和磨くんと同じ大学の人。  和磨くんの……知り合い? 友達? 「あ、大丈夫。本当に友だちだよ。あいつ、有名人になったから、なんちゃっての知り合いすごい出没してるけど、俺は本当に知り合い。っていうか、前に、うちの大学に来たことあるでしょ?」 「ぇ?」 「それこそ知らない奴に案内されてた」 「!」 「あはは、そうそう、あの時、俺、和磨といたよ」 「す、すみませんっ、あの時は」  全然、気が付かなかった。  僕が、突然大学に来ちゃって、中に、勝手に入っちゃったというか、和磨くんの知り合いじゃない人だったのに知り合いだと思ってついて行っちゃった時のことだ。あの時、たしかに和磨くんの周囲にたくさん人がいたのを覚えてる。 「あの時、和磨がすっごい焦って、君のところに行った、のを見てた一人です」 「!」 「学科も一緒、仲は結構良いほう、かな」  そこでにっこりとまた笑ってくれる。親しみやすい感じの人。話したら和磨くんもすごく親しみやすい人だけれど、この、市木崎くん、は、もっと、その手前、第一印象からすごく話しかけやすい感じの人だ。 「なんか急に大学でも暇があると小説とか読み出すようになってさ。あいつ、本なんて全く読まなかったから、キャラ変えすぎて、すごい驚いて。みんなで、どうしたんだろうって言ってたんだよね」  あの中にこの人もいたんだ。和磨くんと一緒にいた仲の良い人たちの中に。 「それで読書家キャラに変わった後くらいから、かな」 「……」 「あいつモテるんだけど」  はい。そうだと思います。 「女の子との飲み会全部断わるようになったんだよね」  え……あ、それ、は。  その人は僕を見てにっこりと微笑んだ。 「あいつ、見た目あれだけど、そういうとこ堅くて。彼女できると、他の女の子と遊ぶのとか結構スパッとやめるんだよね。だからわかりやすいんだ。彼女いるいないが。それで、何? 彼女できた? って、訊いたらさ」  そう、なんだ。若葉さんも言ってたっけ。手早いけど、チャラいキャラクターに見えるけど、そうじゃないって。 「いるけど、彼女じゃないとか言うから、かなり驚いたんだよ」 「……ぁ」  ど、うしよう。和磨くん、なんて言ったんだろう。この人のこと怪しんでるわけじゃないけど、でも、あんまり和磨くんに確認する前に色々話さないほうがいい、よね。同性愛とか、そういうのを差別するなんておかしいことだけど、でも、すごく有名になった和磨くんにも関わること、だし。 「あ、心配しないで」 「……」 「変に言いふらすとかしようと思ったわけじゃないし、何か咎めようとか、そういうのでもない。もちろん、からかいに来たんでもない」 「……」 「ただ、完全ノンケだったあいつが急に彼氏いるって言ったから、かなり驚いて」  のんけって。 「絶対こっち側に来るタイプっぽくなかったから」 「……」 「あ、俺、ゲイなんだ」 「!」 「で、女の子オンリーだった和磨が急に同性と付き合いだしたから、どんな人なんだろうって思ってさ」 「……ぁ、すみません」  なんとなく謝ってしまった。  和磨くんの友だちの人、ゲイ、なんだ。 「いや、謝るのこっちでしょ。急に話しかけたりして。失礼な言い方しちゃったし」 「い、いえっ」 「半年」 「……え?」 「半年、歌わなかったあいつに歌を歌わせられた人、って、どんな人なんだろうと思った」 「……ぁ」  僕。  地味でびっくりしたかな。人に影響を与えるような感じの人に見えなくて、驚いたかな。 「さっき言ったけど、俺、ゲイなんで」 「……」 「ノンケのあいつと付き合うの、色々、あるかもだろうけど、なんか困ったことあったら、相談に乗るから、なんでも言って」  あの、のんけって。  そんな疑問が顔に書いてあったのを読んだみたいに、その市木崎……くんが笑った。 「ノンケっていうのは、恋愛対象が異性の人のこと」 「!」 「和磨は完全ノンケだったよ。君も……えっと」  完全に、恋愛対象は女の人、ってこと。 「あ、椎奈、です。椎奈、佑久、です」 「椎奈、さん? 年上、だよね。司書してるんだから」 「あ……はい」 「椎奈さん? 佑久、さん?」 「あ、和磨くんは、名前で、さんって」 「じゃあ、椎奈さんのほうがいいか……あいつ、ヤキモチやきそうだから」 「……」  そんな、ヤキモチ、やいて、くれる、かな。 「椎奈さん、なんでも相談乗るよ。和磨から聞けば俺の連絡先わかるし。SNSでも繋がってるから、サマって垢で、よくSNSでもあいつと話してるからすぐにわかるよ」  市木崎、さん。  すごく話しやすい人だ。 「それじゃあ、仕事、邪魔しちゃってごめんね。また」 「は、はい」  彼はまた、にっこりと笑って、帰って行ってしまった。  爽やかな人だ。  風、みたいにさっと現れて、さっと行ってしまった。

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