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第49話 っぷは

「お疲れ様です」 「あ、椎奈くんお疲れ様ー」  ぺこりと頭を下げてスタッフ控え室を出た。誰もいなくなって非常灯と最低限の明かりだけになった図書館の中を少し早歩きで通り抜けていく。僕の足音がわざとらしいくらいに響いてる。普段人が必ずいる場所に誰もいないっていうのは少し不気味だ。お化け屋敷が少しに苦手な僕はなんとなくこの瞬間がドキドキしてしまうんだ。 「……いた」  ――サマっていう垢で、よくSNSでもあいつと話してるから。  歩きスマホはよくない、んだけど。でも誰もいないから。  市木崎さん、すぐわかるって言ってた。  本当だ。オオカミサンのSNSでサマって人が話しかけてる。これ、市木崎くんなんだ。  ――昨日はお疲れ。レポート地獄、早く抜けろよ。  ――ホント、マジで。  そしてげっそりしてそうな絵文字を和磨くんが送ってる。  今、レポート地獄なんだ。そんな素振り見せないから知らなかった。うちに来た時もうそうだったのかな。歌も歌って大学で勉強もして、忙しそう。  ――がんばれ。  和磨くん、応援されてる。  仲良さそう。  今日、市木崎くんの声を聞いたこともあって、二人の会話がそれぞれの声で再生されていくから、自然と口元が緩んで行った。  ――その割に小説読んでてヨユー?  ――先が気になって集中できないんだよ。  笑、って、市木崎クンが返事をしてる。  それは、ダメ、です。和磨くん。レポート頑張ってからじゃないと。本読むのは。わかるけど、僕もそれよくやっちゃうから。  小説が読みたくて、自分の部屋に帰ってきたまま、コートも靴もそのままで玄関先に座り込んで読み始めちゃうっていうの。これはやっちゃうことがよくあって。ある程度、落ち着いたらところで、はっと我に帰り、いそいそと部屋に上がっていくっていう。お風呂入ること忘れちゃったり。もちろん、夜更かしして翌日大あくびが止まらないってことも。  レポートを一緒にやってるのかな。  サマっていうアカウントの人とはよくお話をしている。  市木崎悠翔さん。  サマって、なんだろう。どこから来たんだろう。この名前の由来。  話しやすい人だった。  人見知りで、話すのが下手な僕なんかでもあんまり緊張しないで話せた。  モデルさんみたいな人だったなぁ。  背も高くて、顔もハンサムだった。かっこいい人の近くにはやっぱりかっこいい人がいるんだろうな。タイプが違う感じのする二人だ。和磨くんと市木崎くん。大学で人気なんだろうって簡単に想像ができた。  ゲイ、って言ってた。少し驚いた。でも、そっか。何か相談したいことがあった時にはたしかに頼れるかもしれない。  話しやすいし。  優しそうな人だったし。 「……ぁ」  そんなオオカミサンとサマさんの会話。  ――週末のトクさんのイベント、オオカミサン、参加?  トクさん、も知ってる。知ってないけど、知ってる。若葉さんが言ってた人だ。和磨くんの知り合いの動画配信の人、らしい。見たことはないけれど。  ――昼間。  ――夜は?  ――不参加。  週末、だって。  週末は大学なくて、でも僕は仕事で、だから夜だけ会える。  夜は不参加と返事をしたオオカミサンにサマさんが「笑」って返事と、楽しそうな笑顔の絵文字を送ってる。  週末、僕は遅番だった、よね。週末は遅番やりたがる人少ないから、僕は遅番になる確率が高いんだ。それでも今までは別に何も支障なかったからよかったんだけど、最近は、ちょっとだけ、早番いいなぁ、なんて思ったりして。 「歩きスマホはいけませーん」 「! は、はいっ」  少し野太い声がどこかから聞こえて、僕は図書館から駅へと直結している歩道橋のところで、パッとスマホを下げた。図書館は二階からで、下はカフェになっているんだ。二階から駅の方へと直結している歩道橋があって、駅にそのまま向かう時はそこを通る。和磨くんと食事の約束がある時は、ここを通らず、下へ階段で降りて、待ち合わせ場所になっているカフェのそばの垣根に。 「っぷは、俺だよ」 「か、和磨くん!」  びっくり、した。 「びっくりした?」  うん。声、変えてたからわからなかった。知らない人に注意されてしまったと思った。 「大成功」 「……ぁ」  今日は、会えないと思った、のに。 「今日、市木崎、来たって」 「あ、うん。あの、大学の友だち」 「あいつ……」  和磨くんはよく笑う。「っぷは」って、口を大きく開けて、すごく楽しそうに笑う。  そんなふうによく笑うタイミングは僕が和磨くんのことで真っ赤になってしまったり、和磨くんのことで慌てたり、驚いたり、楽しかったり、した時。よく無表情のせいで誤解されてきたのに、和磨くんは読み取ってくれる些細な、僕の気持ちが跳ねた瞬間とかに、笑ってくれる。  っぷは、って。  今は、なんだか、そんなふうに笑っちゃうの、わかる。  僕はちっとも、これっぽっちも可愛い人ではないけれど。  きっと和磨くんが笑う瞬間は、僕が可愛いと思ってもらえた瞬間。 「優しそうな人だったよ」  っぷは。 「優しくないから! けっこう、鬼畜だから! あのね、佑久さん」  っぷはって。 「うん。何か困った時は相談乗ってくれるって」 「いやいやマジで」 「うん。和磨くんは彼女ができるとすぐにわかるって」 「はい? そんな話したの? あいつ?」 「彼女がいると女の人と飲みに行ったり絶対にしないからって」 「……そりゃ、そーでしょ。好きな子いるのに」 「だからすぐにわかったって言ってたよ」 「……」 「それで彼女できた? って訊いたら、彼女じゃなくて彼氏って言ったからすごく驚いたって」 「……つか、今日の佑久さんすっげぇ喋る」  っぷは。 「うん。だって」  そう笑っちゃうくらい。  今日は、今は、いつもかっこいいはずの和磨くんが可愛くて笑っちゃうんだ。 「あは」  そう笑って、和磨くんの無骨な指輪がたくさんついたその手をちょっとだけ繋いだ。

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