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第50話 ね? ほら、僕は大悪党
駅のホームってなんだか不思議だ。人が留まることなく乗って降りてが繰り返されてる。色んな人がいて、でも誰も周りをあまり気にすることなく行き交うんだ。電車がやってくるだろう時刻の少し前にどこからか人が集まってきて、電車が来ればたくさん、数えきれないくらいの人が降りて、どこかに向かって急ぎ足でホームを立ち去っていく。そして、ホームは誰もいなくなって。またしばらくしたら――。
それがずっと繰り返し。
「あいつ、今日、図書館行ってきたよ、なんて朗らかに言ってきてさ」
「うん」
「はぁぁぁ? って、めちゃくちゃデカい声出た」
「えぇ?」
そう言って僕は笑って、駅のホームにある一人分ずつ並んでるイスに座ったまま靴のかかとをコンって鳴らした。
そして、ホームに次の電車がもうすぐ来るってアナウンスが響く。
「いや、なんで図書館行ってんだよって、マジで」
でも、電車にはまだ乗らないみたい。
和磨くんは立ち上がることなくキャップを深めに被って、黒いマスクで顔の半分を隠したまま、今日、図書館に来てくれた市木崎くんのことを話してくれる。
色んな人がいて、たくさんの人が僕らの前を通り過ぎていて、きっとその中にはオオカミサンのことを知ってる人だっているだろうから、銀髪が見えないように。見つからないように。
僕には和磨くんがどんな表情で話してるのかはマスクで見えないけれど、声がぶっきらぼうだったから、すごく仲良しなんだなぁって、呑気に訊いていた。
だってさっきから和磨くんは市木崎クンのことを良く言わなすぎるから。
すごくすごく近しい人だからこそ、口をへの字にして喋ってる。
「なんで、佑久さん笑ってんの? あいつは、すっごいタラシだからねっ」
「うん」
あ、電車が来た。
「マジで! あいつ、誰にでもニコニコしてるけど、そういう奴が一番曲者で」
「うん」
でもやっぱり乗らないみたい。
ここは図書館の最寄り駅。図書館を出たら和磨くんがいた。
「相当腹黒いから」
「うん」
僕らは駅のホームでお喋りをしてる。まるでいつものご飯デートみたいに。
遅番の日は、夜に長い休憩時間があるんだ。ちょうどご飯時。そこでいつも夕食を済ませてしまう。もしも和磨くんとその後会う約束でもあれば食べないだろうけれど。
「良い人そうって思ってるでしょ」
「うん」
今日は、約束してなかったから。ご飯、食べちゃったんだ。
「佑久さん!」
「仲良しだなぁって」
「……はぃ?」
和磨くんも、レポート地獄の真っ只中だったから、変な時間にご飯食べちゃったんだって。だから、あんまりお腹が空いてなくて。だから僕らは駅のホームで、電車に乗らず、お喋りをしている。混んではいないからイス座ってても、誰かの迷惑には多分ならないと思う。僕らがいるのはホームで一番端のイスだし。
「それから和磨くんにそういうふうに言われてるの、ちょっと楽しそう」
「はぃぃ?」
そこまで遠慮なしで言われるのはそれはそれで特別だと思うんだ。
だって、和磨くんは本当に優しいから。
「佑久さんのこと、そういうふうになんて言うわけないでしょ」
本当にぃ? なんて言ったら意地悪かな。
「でも、僕も腹黒いかもしれない」
「……ない」
本当に? 本当は小説に出てくるような、良い人のふりをして最後の最後に犯人でしたと名乗る大悪党のようかもしれないよ?
「でも市木崎くんは良い人だったよ」
「……やっぱ騙されてるし」
「騙されてないよ」
そこでまた電車が来た。ホームにやってきた電車が、空気の抜けるような音を立てて扉を開けると、人がたくさん降りてくる。そいて、また人が乗って。
けれど僕らはまだ乗らずにその電車も見送った。
僕はまだ立ち上がることのない和磨くんに少しホッとしたりして。
だってもう少し一緒にいたい。
ね? ほら、僕は課題のレポートをやらないといけない和磨くんに「レポート大丈夫?」って声をかけてあげていない。
ね? ほら、ちょっと悪い人だ。
あ、あとね。
「そうだ」
「?」
「今日、僕、図書館で一緒に仕事している人で、前に、和磨くんのこと髪が、銀色で、ちょっと怖い人って、絡まれてるって」
「あー、あったね」
「あの銀髪の人オオカミサンなんじゃないかなって言われちゃった。有名人だったんだって。サインもらっておけばよかったって言ってたよ」
「……」
近藤さんに僕、オオカミサン、と知り合いですって言わなかったんだ。
サインもらってあげられるかもしれないですよ、って言わなかった。
知り合いですって言って、じゃあ、会わせてって言われたらやだなって思っちゃったんだ。和磨くん、はかっこいいからさ。女の人がたくさんファンでいるだろうからさ。
少しだけ、邪魔してしまった。
ね? ほら、僕は少し捻くれ者で悪い奴だ。
「すごいよね。市木崎くんも言ってた。すごく有名になって、大学とかでもちょっと大変だったりする? でも前から人気」
僕が珍しくお喋りな様子を見つめていた和磨くんが、指先を黒いマスクに引っ掛けて、顎にズラした。
「あって……」
駅って、不思議だ。人がたくさんいる時もあれば、人がほとんどいない時もある。電車が来る少し前から人が増えてきて、電車が来ると、たくさんの人がここに降りて、そして急ぎ足でホームを立ち去る。そして、誰もなくなって。また少ししたら。
「……サインなんてしないよ」
そう、小さな声が呟いた。
今、誰もいなくなった、けれどあとしばらくしたら次の電車に乗りたい人達が来るだろうホームの端に僕らは座りながら。
「芸能人じゃないし」
キスを、した。
「佑久さん、そろそろ帰らないと、だよね」
それはきっと和磨くんだ。レポート大変なのに。
「市木崎が佑久さんの話してるの聞いてたら、すげぇ会いたくなって。ごめん」
「ぅ……ううん」
キス、しちゃった。駅の、ホームで。
「僕も、会いたかった、ので」
「マジで?」
頷くと笑ってくれた。
「あのさ、連休とかって、やっぱ」
「! あ、あのっ、あるよ」
咄嗟に大きな声になってしまった僕に、和磨くんが目を丸くしてる。
「あの、僕、連休中に休みが一日あって、それで、和磨くんが大学休みなら」
「マジで?」
「う、うん。どこか行けないかな……って」
ね? ほら。僕は少し悪い奴なんだ。
「やった! マジで? 行こう!」
そう言って、嬉しそうに笑ってくれる君の笑顔が、有名人になってしまって、深く被ってる帽子のせいで、僕にしか見えなくて。
「うん」
僕はね。
「行きたい、です」
君の笑顔を独り占めできたようで、少し、嬉しくて、たまらなかったんだ。
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