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第51話 見ること、できるかな

「今日はのんびりだね」 「……そうですね」  カウンターに戻ってきた近藤さんのちょっと退屈そうなその言葉に顔を上げた。たしかに今日はのんびりとしている。特に個人スペース貸し出しを希望されることもなくて返却がたくさんあるわけでもなくて。  外、お天気が良いからかな。 「外、天気良さそー……」 「……そう、ですね」  今日は部屋の中で読書をするよりも、外で散歩していた方が気持ち良さそうな陽気だから。  なんて、どんな天気でも、以前の僕なら小説を読んでいただろうけれど。 「あの、僕、ちょっと棚整理して、きます……」 「はーい。私、ちょっとここでパソコン仕事してまーす」  ぺこりと頭を下げて、近藤さんと入れ替わるようにカウンターを出た。  前ならどんな天気だろうと本を読むばかりだった。  でも、今は、外気持ち良さそうだなぁって、窓の向こうを眺めたりするようになった。  前に和磨くんと行ったレストラン。そこのお店にはテラスがあって、あの時は三月で寒いから、外ではなくレストランの室内で食べたんだけど。あそこのスパゲティ美味しかったから、今日なんて一緒に外で食べたらピクニックみたいで楽しいかもしれない、とか。  そんなことを考えるようになった。  ピクニックか。  ゴールデンウイーク、どうしようかな。  どこか、和磨くんと行けそうなところ。  ――やった! マジで? 行こう!  彼がリラックスできて楽しんでくれるところ。  やっぱり、あの時、お任せするべきだったかな。いつも和磨くんには素敵な場所に連れて行ってもらっているのに。  でも、咄嗟に、なんかつい言っちゃったんだ。  ――じゃあ、どこにしよっか。  そう言って、僕なんかと過ごすことに嬉しそうにしてくれた彼をもっと笑顔にしたくて。  ――あの、僕、考える。  なんて、言っちゃった。  絶対に、絶対に、和磨くんの方が、絶対にそういうの上手に決められそうなのに、口が勝手に言っちゃった。  いくつも電車を見送りながら、駅のホームの端っこで他愛のないお喋りをしている間、ずっと深くキャップを被ってる和磨くんを見たら。もう五月で、お天気も良かった昨日は雨で冷えてしまうような心配もなくて、日差しが強い日は半袖でもいいかもしれないなんて思えるくらいなのに、マスクをしてる和磨くんの横顔を見たら。  僕が、連れ出してあげたい、なんて。  ――ゴールデンウイークに行く場所、僕が考えるよ。  思っちゃったんだ。  和磨くん、驚いた顔してたっけ。  ――いつも和磨くんに連れて行ってもらってるし。あ、あのっ、いつも連れて行ってもらえるのに不満とか、じゃない、です。そうじゃなくて、その。お礼というか、ありがとうって意味、で。  慌てて訳を話すと「っぷは」って笑ってた。  本当にいつも楽しいんだ。だから、僕がプランなんて考えても、ね。きっと和磨くんみたいに上手に案内なんてできないけれど。  でも彼に少しお休みあげたくて。 「……あ」  ふと散歩でもするように図書館の中を散策していた。もちろん、乱雑になってしまった棚はないかと確認しながら。いつも自分のいる、小説エリアを飛び出して、二階のその他の雑誌類と誰でも使えるパソコンが並ぶエリアまで。  そこに旅行雑誌を見つけた。  旅行とか、出かける時に活用できそうな地域ごとの情報雑誌。僕は読んだことのない雑誌。旅行もお出かけも、あまりしなかったから。  時期ごとに地域のオススメスポットやお店を紹介しているんだと思う。  今は、ほら、ちょうどゴールデンウイークに合わせて特集を組んでる。 「……」  水族館、だって。  涼しい、よね  マスク、しててもあんまり息苦しくない、よね。 「……」  へぇ。  ぱらりとめくってみたら。  わぁ。  大きな水槽があった。本当に大きな水槽。モデルの女性がその水槽の前に立っていて、水槽の中の方が明るいみたいで、モデルさんはシルエットだけ。室内の方が暗いんだ。その頭上を大きなエイがゆったりと泳いでいる写真。その足元には珊瑚と、色とりどりの魚がたくさん。たくさんいるのに、窮屈に見えないくらい大きな水槽。女性がそこにいるからこの水槽のサイズがわかる。 「……」  大袈裟、かな。  でも、きっとこの図書館にある大きな窓くらいあるんじゃないかな。いつも日差しがいっぱいに降り注ぐ、大きな窓ガラス。青空の日は本当にすごくて、ここは二階で、前が駅で高い建物もないから空が良く見えるんだ。僕がいつもいる三階ともなると、ここから見えるのは透明感と広さと高さを感じられるそれは見事な青色。時間によって色が何色にも変化するスクリーン。  この大きなスクリーンみたいなガラスの向こうが海だったら、すごいな。  ゆっくり、できるかな。  少しはリラックスできるかな。  マスクしてても息苦しくないかな。  もしもこの写真みたいに水族館の中が海の、深い海の色に染まっているのなら、キャップをしないで銀髪のままでいても大丈夫かな。  水族館なら。 「……」  和磨くんの笑った顔。  ――めちゃくちゃ楽しみ。ありがと。  マスクで隠れちゃわないで、見ること、できるかな。

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