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第53話 無頓着くん

 たくさん借りてきたファッション雑誌。  あんまり気にしたことのない自分の髪型。  無頓着だった自分の服装。  じっと見たことなんてほとんどない鏡の中の自分。  和磨くんの使っているシャンプー、髪がサラサラになったっけ。シャンプーも気にしたことなかったな。  安いのでいいやって、くらいで。  ――佑久さんの黒い髪、めちゃくちゃ気持ちいい。  そう言ってもらった。 「……」  今日は早番。仕事を終えて、図書館を出たところで強い風が吹きつけてきた。その風に髪を押さえて。  ふと自分の髪をいじってみたけど。  ぅ、うーん。  気持ちいい髪……では、ちっとも。  普通の髪。  もしかして、うちに来た時、困ったりしてたかな。シャンプー、普通の市販のだもんね。いつもいいもの使ってるのに、僕の部屋に来た時だけ髪、サラサラじゃなくて嫌だなぁ……ってなってなかった、かな。  それに。  それにさ。  もっと僕の髪、サラサラになったら……さ。  和磨くんに、髪、また。  もっと髪、ツヤツヤでいい匂いとか、したら……さ。  和磨くんに。  触ってもらったり、なんか、したり、して。  もうゴールデンウイークはすぐだ。  水族館の後は僕の部屋に和磨くんが泊まるんだ。  一日一緒にいられるんだ。  平日がお休みの僕と、土日が大学のない和磨くんの予定はなかなか会わなくて、一日一緒にいられるなんてこととても珍しいから、すごくすごく楽しみで仕方がない。  だから、ね。 「……」  きっと、こういうのを下心というのだろう。  なかったなぁ。  今までしてきた片想いに、そういうの、なかったなぁって。  そんなことを考えてた。  今日は、早番。  けれど、和磨くんとは会うことにしなかった。ちょっと予定があるんだ。  たくさん頭に詰め込んだファッション雑誌の知識を頼りに、服を、買いに行こうかなって。雑誌片手に服選びはちょっとさすがに恥ずかしいから予習しておいたんだ。  ちゃんとお洒落をしようかなって、思ったんだ。 「……」  あの時のシャンプーって、若葉さんのお店って言ってたっけ。  まだ、この時間なら美容院やってる、よね?  シャンプー、売ってるかな。買ってみようかな。  えっと、若葉さんのお店って、どこなんだろう。  和磨くんに訊けば教えてくれるんだろうけれど、でも、できたら驚かせたいんだ。次に会う、ゴールデンウイークの時に。  だからできることなら内緒にしたくて。 「……ぁ、あった」  和磨くん同様すぐに見つかった。美容系の動画を探してみたら、おすすめに若葉さんが出てきた。  すごい。  和磨くんみたいにすごく人気の動画の人なんだ。  わぁ。  まるで魔法みたいに色々な表情をしている若葉さんがずらりと出てきた。  その中からプロフィールを探して、そしたらお店の名前が書いてあるかもしれない。 「!」  予想通り、というか、大体みんなそうしてるのだろうけれど、若葉さんのお店の名前と場所が載っていた。  またそこを検索してみると。すごくすごくお洒落なお店だった。  でも、そう遠くない。この電車の路線をずっつずっと都会に向けて上っていけばいいだけ。若葉さんもこの図書館で利用者カードを作れるくらいなんだもの、そうだよね。 「……よし」  シャンプーだけでも買いに行こうと、僕はぎゅっと頭の中にそのお店情報も詰め込んだ、  初夏のお洒落コーディネート知識の隙間に、若葉さんのお店の地図も押し込むと、自宅のある方とは逆の方向へ運んでくれる電車に飛び乗ることにした。  お洒落なお店しかない。  すごい。  どこも、お洒落すぎて入れない感じ。洋服屋さんも、雑貨? なのかな。カフェも。  つい、キョロキョロしてしまう。  行き交う人もなんだかファッション雑誌で見たことのある服装をしている人ばかり。ぎゅうぎゅうに詰め込んだファッション知識どおりの服を着た人がいっぱい。  ちょっとでもフラフラしていたら、人にぶつかってしまう。だから、歩くのも気をつけないといけないから、和磨くんの歌は聞かずにここまで来た。久しぶりに無音で歩くと、少し物足りなくて、少し味気ない。  でもそのおかげで人にぶつかることなく、すぐに若葉さんのお店を見つけられた。 「……」  ここ、だよね。  スマホで場所があってることを、確認をして、もう一度、お店の名前が合ってることも、確認して。  うん。ここ、です。 「あ、の……」 「はい、いらっしゃいませ。ご予約、伺ってもよろしいですか?」 「あ、いえ、あの、予約、じゃなくて、シャンプーを買いに」 「?」 「あ、シャンプーを……」  ボソボソと自信のない声で喋るとお店のスタッフさんには聞き取りづらかったみたいで聞き返されてしまった。慌てて、少し声を大きく、はっきりと伝えた。 「失礼しました。シャンプーですね。どの銘柄でしょうか?」 「ぇ」  銘柄、たくさんあるの? 「あのっ」  和磨くんのうちにあったの、あのボトルの、だよね。 「水色の」 「あ、やっぱり、佑久くんだ」 「! ぁ、若葉、さん」  水色のボトルを指差したところで、若葉さんがやってきた。白いシャツに黒いパンツ。すごくシンプルなのにすごく洗練されていた。 「わ、どーしたの? お客様来たと思ったけど、カウンセリング室に来ないなぁって思って。びっくりしたぁ」  すみません、そうなんとなく謝ってしまった。 「あの、すみません。シャンプー買いたくて」 「そうなんだ。和磨が使ってるのと同じの?」 「あ、はい」 「あ、いいよ。私の知り合いの方なの」  若葉さんはそう伝えると、最初に受付てくれたスタッフさんがぺこりと頭を下げて、その場を後にした。 「あのシャンプー気に入ってくれた?」 「あ、はい」 「うれしー。ありがとうございます」  こちらこそです。 「今日は、和磨とデート?」 「あ、いえ……今度、一緒に出かけるので、その、服とか買おうと。僕、地味なので」  慣れない場所に、場違いな気がする僕は緊張してしまって、ぺこりと頭を下げた。 「服?」 「はい」  そこで若葉さんはじっと僕を見つめて、それからちらりと外へも視線を向けた。 「佑久くん、少し時間ある?」 「……ぇ?」 「ちょっとだけ」 「……? はい」  小さく返事をすると、若葉さんがにっこりと朗らかに笑ってくれた。

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