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第65話 ワクワクが踊る
「わ……」
思わず、一人の休憩時間中に声が出ちゃった。
遅番で、夕食時間として取れる長い休憩時間中、今日、お昼時に和磨くんが教えてくれたプロのアーティストとのコラボ。
「ハル」は僕らが観た映画の主題歌で、一度、その映画館では聴いたけれど、その一回きり。その後、聴いた「ハル」は和磨くんの歌声で聴いてばかりだったから。
本来はこの人の「ハル」がオリジナル。
でも僕の耳には和磨くんの、オオカミサンの「ハル」がオリジナル。
すごく人気のアーティストみたいだ。
動画の配信、すごい数の人が聴いてる。
女の人。
映画館で確かに聴いたはずなのに、あまり覚えてない。きっと、その後、オオカミサンの歌として何度も何度も聴いたから、声も歌も上書きされてしまったんだ。
オリジナルの人が歌う「ハル」は優しい感じがした。
柔らかい歌声。高く澄んだ声。
けれどオオカミサンの方が力強くて、伸びやか。
あの桜の下で歌った動画が、オリジナルの人の耳にも届いたんだって。あの動画を見て、コラボしてみたいと、アーティストさんのマネージャーさんからちゃんとした連絡が来たらしい。
僕が仕事中だったこともあって、教えてもらったのはそのくらい。
素敵な動画だったって、一緒に歌ってみませんかって、話が今日の午前中にあったって教えてくれた。
歌うのは「ハル」の桜バージョンをコラボで、二人で。
――言いたかっただけなんだ。マジごめん。仕事中に。講義終わってそっこうで来た。
和磨くん、すごく嬉しそうだった。
ワクワクしてそうだった。
どんなふうになるんだろう。
アーティストの人が優しい声だから、すごくすごく合うと思うんだ。和磨くんの歌声とならきっと。
早く聴きたいなぁ。
そう思いながら、でもやっぱり「ハル」をオオカミサンの歌声で聴きたくて、僕はとても失礼と思いながら画面をバックさせると慣れ親しんだオオカミサンバージョンの「ハル」のところで再生の三角ボタンを押した。
コラボ、したら、すぐに配信されるのかな。
いつかな。
来週?
再来週?
もう桜は咲いていないし、桜のあの木のところは本当に烏滸がましいけれど、僕にとって特別だから、あそこはオオカミサンのあの動画だけがいいなぁ、なんて、ちょっと思ったり。
でも、どこかで動画は撮るのかな。撮るならどこなのかな。スタジオかな。
外。
うん。
外が似合うなぁ。
オオカミサンの声は青空みたいなイメージがある。
このアーティストの人は少し柔らかい朝日かな、夕日かな。どちらか、うーん、どっちだろう。けれど、陽の色が少し混ざった空に合う気がするし。
「それじゃ、僕、お先に失礼します」
だから、外だったら素敵だなぁ。空の下で歌うオオカミサン。
「はーい。椎奈くん、お疲れ様」
ぺこりと頭を下げながら、自分が想像する色々な空を、今日、夕食を食べながら聞いていた歌声にいくつも重ねていた。
僕が歌の配信動画の監督を務める訳じゃないから、こんなの何にもならないのだけれど。
コラボで歌う「ハル」が楽しみで、脳内がぐるぐる色々考えて動き回っていた。
「……ぁ」
早く見たいなぁ。
聞きたいなぁ。
そう言って頭の中をうろうろちょろちょろ。
ワクワクが。
「和磨、くん?」
走り回ってた。
「お疲れ様、佑久さん」
「……ぅ、ん。和磨くんこそ、大学お疲れ様」
と言っても、僕はあんまり疲れてないんだ。そんなに今日忙しくなかったし。ちょっと前にとった長い休憩のおかげで、ラストまでは短く感じたし。ご飯食べながら、君の歌を聴いていたから、むしろ元気だよ。
「あ、の……」
「食べちゃったよね。違くて、大丈夫。遅番なの知ってる。そんでその時は晩飯食べてるのも知ってるし」
「う、ん、ぁ、でも、コーヒーとかなら」
遅番の時は晩御飯、休憩時間に食べてしまうんだ。だから、最初の頃、夕飯を一緒にどこかで食べる時はいつも僕が早番の時で。遅番でも終わるのはそこまで遅くないから会うことはできたけど、その終わりの時間まで夕飯食べずにいるの大変じゃん、って和磨くんが言ってくれていた。
「あー、いや、どっか行きたいとかじゃなくて」
「……」
「昼間、ちょっと顔見たから、もっとちゃんと見たかっただけ」
そう言って、じっと、和磨くんが僕を見つめた。
「…………」
いつも笑って、大きな口でたくさん笑って、その表情は跳ねてあっちこっちにいってしまうカラフルなボールみたいに動き回るのに。
今日はじっと止まってる。
「あの……」
どうかしたのだろうか。
「ありがと」
「……」
僕、何もしてないよ。
「こういうこと、あると思わなかった」
「?」
アーティストさんとコラボできること? 確かに、ないと思うけれど。でも和磨くんの歌は本当にすごいからだよ。
「誰かと一緒に嬉しいを分かち合いたいとか」
そう言って、和磨くんが僕の手を握った。
「明日、早番じゃん?」
「あ、うん」
「明日まで待てよって話だっつうの」
「……」
「けど、昼間、佑久さんがすげぇ、驚いてくれて、すげぇ嬉しかった」
あれは、ちょっと……司書として、ダメだけれど。
「あそこからずっと佑久さんのこと抱き締めたくてさ」
「……」
「夜、一緒にいられないかなぁって、ちょっと、仕事してる佑久さんには迷惑なんだけど」
「そんなこと、ないっ」
今度は僕が握ってくれた手を引っ張った。
「そんなこと、ないよ」
司書として図書館で大きな声なんて出したらダメなんだけど。
社会人として明日の朝早いのに夜更かしなんてダメなんだけど。
「ちっとも、ないよ」
君が強く手を握ってくれたから。
僕も強くその手を引き寄せたから。
僕らはとても互いに会いたくて仕方がなかった様子だから。
いいんじゃないだろうかと、思うんだ。
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