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第68話 大学祭だ!
最終日には花火の打ち上げもあるんだって。
出店もたくさんあるし、女性から人気絶大の俳優さんのトークショーもあるって。動画配信も一週間前からしていた。大学のメインエントランス、僕がお天気予報大外れで雨になってしまった日に、傘を持って待っていた辺りから、真っ直ぐ、大学の中を通る道に少しずつ出店だったり、飾り付けだったり、画面の奥にはメインエントランス、和磨くんがライブをするメインステージの出来上がっていく様子も見えた。それをじっと、ずっと見ている人はいないだろうけど、でも、たまに僕は見に行っていた。
自分が大学生の時なんてほとんど知らんぷりだったのに。
今の僕は楽しみにしている。
それから、今日は――。
「佑久さん!」
晴れたんだ。
毎日毎日確認していたお天気予報。十日間天気、週間天気、三日天気って、少しずつ近くなっていく天気予報をチェックしてた。
一度も雲マークが付かなかった。
「!」
ずっと晴れマークがくっついていた。
「ぁ……お疲れ様、です」
いつもと変わらない和磨くんだ。
でも、帽子もマスクもしてない。
「……」
わ。
あ、の。
え、と……。
「……」
大学祭最終日、正面の大きな門のところにはカラフルな風船が連なっているアーチがある。僕はそのアーチができていく様子を動画配信でたまに眺めたりしてた。そのアーチの下をたくさんの人がくぐっていく。
僕らはちょうどそのアーチの真下でじっとしてた。
君は黙って、僕を見つめながら少し口元を緩めた柔らかい表情をしてる。僕は今日が楽しみで楽しみで。自分が歌うわけでもないのに、ドキドキしてしまって、言葉が喉奥につかえてしまってる。
まるで二人して、川の水面を波立たせようと真ん中に居座る石みたいに、大学祭を楽しみにしていた人たちをちょっと邪魔してる。
「今日ありがと」
「! こちらこそ! ありがとうございます! あの、招いてもらい、あのっ」
「っぷは。佑久さんのほうが緊張してそう」
はい。してます。
「あ、これ、先に渡しとく」
「?」
差し出されたのは、赤い紐付きカードホルダー。とても小さなクリアファイルのような形のそれには、スタッフ、と書かれたカードが入っている。
「スタッフ証? みたいなの。これあったら、ステージ裏もどこでも入れるから」
「そ、そんな、僕、スタッフじゃ、」
「他の人も皆そうしてるからさ。持ってて」
そう言って、ニコッと、唇の端を釣り上げて笑ってくれた。
久しぶりなんだ。
和磨くんの笑顔を見るのは。リハーサル、頑張っていて、会える時間がとても短くて。僕も自分の仕事があるし。早番と遅番があるから、大学の普通の講義に、プラスしてこの大学祭の準備にライブのリハーサル。
だから、こうして会って、笑った顔をマスクもキャップも無しで見るのは、少しだけ、久しぶり。
「じゃ、行く?」
「う、うんっ」
「今日は俺もフリーの時間結構あるんだ。午後、少しだけ店番あるんだけど」
「うんっ、それは、もちろんっ」
コクンと頷いたら、小さな風に僕の前髪がふわりと揺れた。
「髪、伸びたね」
「あ、そう、かな」
そう? あまり気にならなかった。若葉さんに頭を洗った後の乾かし方を教わってから、フワフワ、を意識していて、そのせいだと思う。前髪が邪魔だなぁって感じなくて、つい、そのままだった。
「なんか」
「?」
でも良く考えると確かに最近、切ってないかも。
「雰囲気、少し変わってドキドキする」
「!」
そう、でしょうか。
けれど、和磨くんが眩しそうに目を細めて僕に笑ってくれたから。最近、ちゃんとふわふわにできるようになった前髪を指で摘んで、ちょっとだけ整えてみた。
「え、大学祭、大学生ん時、参加しなかったの?」
「し、したよっ。その店番はちゃんと当番守ったよ」
あんまり自身が大学生だった時の大学祭の様子を覚えてないんだと話した。それだけ言うとなんだか僕は大学祭の仕事を全くしてないみたいで、大慌てで否定した。
してました。
店番もやったし、大学祭の準備もちゃんとやったよ。
「ただ、あまり当日、あっちこっちって歩いて散策はしなかったんだ」
準備はもちろん頑張った。当日の店番の時間はちゃんとお店にいた。友人が来ている同じお店の子には少し長めの休憩になるようにしてたりもしたし。でも。
「自分の自由時間は大学の資料館で本読んでた」
「……」
「休憩というか」
「……」
「あ、でもっ、今日は無理してないし、すごく楽しみにしてたのでっ」
ライブをやるって教えてもらってからずっとワクワクしていた。
「それに、コラボも、あるでしょう? プロの方と。そうだ! そのプロの人の動画とかも見たよ。柔らかい声の人だった。オオカミサンの声と合うだろうなぁって、楽しみで」
でも、なんというか、どんな歌声の人なんだろうと確認した程度で、やっぱりすぐにオオカミサンの動画に戻っちゃうんだけど。
「どれもこれも楽しみです」
それは楽しみしていた新刊を買って帰る家路の途中のよう。
それは新刊発売日に大好きな作家さんの新作を見つけた時のよう。
それはそれは、とても楽しみで、ワクワクで、何もない普通の一日でさえ、この先にある楽しみを思って、楽しくなれる時のよう。
「俺も」
今朝、起きて、真っ先にカーテンを開けた。
「今日のライブ、すげぇ楽しみ」
あの瞬間、真っ青な空を見た時の、ガッツポーズがしたくなった、時のよう。
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