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第69話 優しい人
僕が通っていた大学の大学祭もこんな感じだったのかな。
でも、今日がこんなに楽しいのはきっと特別だと思う。
和磨くんがいるからだと、思う。
冷たいおうどん美味しかった。外だと日差しが強くて、かき氷もその後、いただいたけど、すっきりできてよかった。びっくりするほど氷がふわふわだったから驚いた。僕が想像していたのは子どもの頃、親が作ってくれたガリガリと本当に氷を削っただけのかき氷だったから、全く違う舌触りに驚いてしまった。
それから二人で大学の中をぶらぶらして。
やっぱり有名人な和磨くんはちょくちょく写真を頼まれてた。
ちょっと恥ずかしいんで……と、呟いて、写真は断っていたけれど、笑顔で、照れくさそうに言っていた表情が柔らかかったからか、誰も怒ったり残念がったりはしてなかった。
日差し、暑くない?
と呟いて、午後からは帽子を被ってた。
深めに。
知り合いの人にも声をかけられてたっけ。
おーい、和磨。
そう声をかけられると、少しぶっきらぼうに。
おう。
と答えて、そこから二つ、三つ言葉を交わしてた。
落ち着かなくてごめん、と言っていたけれど、僕は大学での様子が見られて楽しかった。それに、大学の友だちと話している時の和磨くんは僕と接している時と違っているのが面白いから。ぶっきらぼうで、少し声が低くて、知らない和磨くんが見られるから僕は嬉しかったりして。
「と、ごめん。俺、そろそろ店番」
ほら、こんな時もそうだ。
僕には「ごめん」っていう。けれど友人にはきっと「わりぃ」とかかな。そんなふうに言う。
「あ、うん。時間、大丈夫?」
「大丈夫」
ちょっとしたことだけれど。
でも僕は和磨くんの友だちではないのだなと感じる。
僕は友だちではなく、けれど、とても大事にされているのだなと、感じられて、くすぐったくなる。
「行ってらっしゃい……」
「ちょっと待ってて」
そう言って、和磨くんがスマホを出した。
「…………わり」
あ、わりぃ、って言ってた。ほら、ごめん、じゃない。
「あのさ、今どの辺り? あ、そしたら、俺、今、経済科の講義棟んとこ。そう」
「? あ、あの、和磨くん?」
「ありがとな」
「あの、和磨くん? 僕、一人でライブまで時間潰せるよ。本、なら持ってるし」
「ダーメ、市木崎呼んだからさ」
「え、市木崎くん? あの、でも、彼も」
「あいつ、午前中が大学祭当番だったんだ。しかも運営兼ねてて」
それなら尚更。
「俺が店番してる間、一緒に大学回ってて」
「でも」
「一人でいて、知らない奴が俺の知り合いって言い出すかもだし」
「それは! もう気をつけるし」
「だーめ」
でも。
「市木崎」
小走りで、モデルのように颯爽と現れた。
「久しぶり、椎奈さん」
「あっ、お久しぶり、ですっ、すみませんっ、あの」
「全然。っていうか、俺、ぼっちだったからむしろありがたい」
そんなわけない、と思うんだけど。
「わり、市木崎、そんじゃ」
「おー、店番頑張れ、佐藤さんたちに叱られるぞ」
「わかってる。それじゃあ、佑久さん、また後で」
「あっ、うん! あの、頑張って」
お店番も、それから。
「う、歌っ! もっ!」
大きな声。賑やかな大学のお祭りの中、たくさんの笑い声とたくさんのはしゃいだ声に負けないよう、君に応援が届くよう、大きな声を出した。
「ありがと!」
居酒屋さんですら、声、聞き取ってもらえなくて、何度も聞き返されちゃうんだ。音にすぐに紛れ込んでしまう声なんだろう。そもそも大きな声をあんまり出さないからなのもあるけれど。
でも、君を応援したくて。
和磨くんは一瞬、僕を見つめてから、くしゃっと笑って、手を振って駆け出した。
「……」
帽子を取って。
そうしたら銀色の髪が陽に透けて、眩しくて。
誰にも混ざらない。
誰にも紛れない。
眩しくて、すごいなぁ。
「……すごいね」
「ぇ……あっ、うん、すごいよね、和磨くん」
「んー……そっちじゃない、かな」
?
「なんでもない。ね、椎奈さんはもうお腹いっぱいでしょ?」
「あ、うん。あの、おうどん、美味しかったよ。あの」
「あー、人気だって言ってた。俺、豚汁食べたいんだけど」
「あ、はいっ」
「豚汁のとこ、確か甘味系あったから」
「そうなんだ」
「椎奈さんは甘いの好き?」
コクンと頷くと、優しく笑っている。
「ここから近いし、足疲れてない?」
「全然」
「そう?」
「司書って案外体力ないともたない仕事なので」
「へぇ」
本当にそうなんだ。
「なんとなく文化部系が多くて、非運動部員に思うかもしれないけど」
「あはは、確かにそうかも」
でもそんなことないんです。本は重ねて持つとものすごく重い。それを抱えながらあっちこっちに移動することもあるし、清掃なんかでは脚立に登って本棚天井部分の埃を払ったりもする。ザ、上下運動を繰り返すんです。そして、返却された本を戻すために――。
「あのでかい箱から取り出すわけだ」
「そう!」
「あはは」
ね、だから、とても大変で、案外、体力がないとできない仕事なんだよ、と、手足の長い、それこそ運動神経も抜群だろう市木崎くんに、僕は多少自慢気に、司書とは、を語った。
彼の笑い声は柔らかく、賑やかなお祭りの音に紛れて、馴染んで、楽しそうだった。
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