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第72話 弾ける笑顔

 オオカミサンの歌を初めて聴いた時、とても驚いたっけ。  もう今となっては僕の生活の一部みたいになった音楽。  和磨くんの銀色の髪は僕の周囲にはない色で、最初、戸惑ったんだ。  もう今は、彼の銀色の髪が帽子で隠れてしまうと、なんだか切ない気持ちになるほど。  なんて素敵な歌声なのだろう。  なんて、音楽というものはこんなに人の気持ちを揺さぶってくれるのだろう。  ライブが終わってすぐ、歓声がしばらく鳴り止まなかった。  その歓声にオオカミサンは手を振って、汗に濡れた銀色の髪をかきあげた。  僕はその様子にただただ見惚れていた。 「椎奈さん、ライブ終わった。控え室のほう、行く? ここだと」 「ぁ、市木崎、くん」  そう、だよね。和磨くんのライブがラストって言っていた。大学祭はこれで終わり。だから、きっと、このあと、ここを片付けないと、いけないのかもしれない。  ここにいたら邪魔だよね。 「佑久さん!」 「!」  みんなじっとその場に立って、和磨くんの歌に聴き入っていた。もちろん準備をしていた裏方役の人たちも。そしてそんな大学生たちが、ライブが終わったと同時、まるで止まっていた時間が動き出したように、あっちこっちと声を掛け合いながら、片付けを始め出した。  雑然とし始めた大学祭用の特設ステージで、和磨くんが僕のもとへと駆け寄ってきてくれた。 「佑久さん」 「……うん」  汗がすごい。  銀色の髪、濡れてるみたい。  ちょっと、ドキドキする。 「ありがと、聴いてくれて」 「……うん」  声がいつもとちょっと違う。ちょっと高くて、なんだろう、なんだか透明だ。澄んでいる感じ。 「よかった?」 「! うんっ、とても」  思わず大きな声でそう返事をした。  感動したんだ、どの瞬間に感動して、どこに気持ちが昂ったのか、たくさん素敵だったと伝えたくて、大きく返事をしたら、和磨くんが一瞬目を丸くしてから、クシャりと顔をさせて笑った。 「あは。ありがと」  僕はその笑顔一つにまた胸を高鳴らせてる。 「やば、あんま近寄らないで。佑久さん」 「え、えぇ……ご、ごめ」  興奮しすぎて、変な人みたいだった?  ちょっと怖かった? 「俺、今、汗くっさいのに、抱き締めたくなるじゃん」 「え、あ、全然、構わないです」 「や、無理! マジで汗ハンパないから」 「気にしないよ」 「俺が気にするんの! ちょっ、マジで近く来ないでって」 「えぇ……」  まるで追いかけっこみたい。僕が両手を広げて和磨くんに近づくと、和磨くんが大慌てで逃げ出すんだ。  本当だよ?  本当に君のなら汗なんて気にしないよ? って、これだと本当に、ちょっと変な人みたいかな。  でも、全然。  僕も実は今君のこと抱き締めたいって思ったから、だから。 「ちょ、追いかけないでって、佑久さん」 「平気だってば」 「ぎゃああああはははは」  和磨くんが叫んで。そしたらその叫び声が途中から笑い声に変わった。 「っぷ、ふふふ」  和磨くんがとても、とっても楽しそうだった。本当に、‘弾けるような笑顔をするから、僕も気持ちが弾けて、さっき夜空に上がった花火みたいに、パッと華やいで笑った。  二人で笑って。 「ったく、何してんだ。和磨」  市木崎くんが少し呆れたように笑っていた。 「あ、あの、僕、部外者ですよ」 「いーの! つか、佑久さんが来ないなら、俺も行かない」 「それはライブ担当の運営が発狂して泣き狂うから、やめてくれ」  えぇ、そんなに。それは和磨くんは絶対に参加しないと、だ。  でもでも、やっぱり僕は場違いも甚だしいでしょう?  僕らはトボトボと歩きながら駅へと向かってる。大学祭は無事終了。最後は、クラッカーで一斉にフィナーレを迎えて、みんなでクラッカーのキラキラしたリボンと一緒に大学構内を一斉清掃。  そのあとは打ち上げ、をするらしくて。  今、その打ち上げ会場へと移動しているらしい。  僕も、一緒に。 「大丈夫だよ。椎奈さん。結構学生の知り合いとか、今回、いろいろ頼んだ企業の方とかも来てるし。お店貸切してるし、好きな場所にいて構わないと思うよ」 「でも……あ、若葉さんは」  そうだ。さっき、いた。ライブが終わるまで気が付かなかったけど、今日の和磨くんのメイク、とか髪のセットとか若葉さんがしてくれたんだって。他にもステージに上がる人は若葉さんが準備の方をしてあげたと言っていた。 「あー、もう帰った。明日朝から撮影同行だからって」 「えぇ」 「それからヤングのノリは疲れるからって」 「えぇぇっ」  じゃあ、僕も無理なのでは。 「っぷは」  和磨くんがもうすっかり夜空に変わった深い夜色の空に向かって、笑った。 「大丈夫だって。俺も、ヤングのノリは疲れるタイプだから」  そんなわけないでしょう? というよりも、きっと主役なんじゃないかな。 「行こうよ。佑久さん」  以前の僕なら行かないんだ。丁寧にお辞儀をして、行かない理由をすぐに見つけて、それで本を読んでる。  でも、楽しかったんだ。  ワクワクした一日だった。  だからまだこの一日を終えたくないって思ったんだ。 「……うん」 「やった!」  僕みたいなので、頷くと、和磨くんがとてもとっても楽しそうにしてくれた。 「お……」  だから。 「……お邪魔します」  今の僕はちょっと行ってみようって思えたんだ。

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