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第74話 ケーキよりも甘いもの

 レンタルスペースは料理が卓上に並べられていて、グラスは各自管理。ちゃんと自分が使っているとわかるようにしておくこと。その上で、グラスを持ちながらあっちこっちに移動することもできる。立食パーティーに近い。  ネオン街のように色が賑やかなスペースに、ちょっと前の僕なら圧迫感とか感じていたかもしれない。もしくは緊張するばかりで居心地悪かったかも。 「文芸サークルとかも行った?」  でも、今は和磨くんがいるからかな。こんなに原色がたくさんの派手な空間にいても、リラックスさえできてる気がする。 「あ、ちょっとだけ、覗いてみたよ。本物の小説みたいだった」 「へぇ、プロに言われるなんて、すげー」 「えぇ? プロじゃないよ。ただの図書館司書だし」 「だからプロじゃん」  なるほど。それがお仕事なのだから、確かに僕は「読む」プロになるのかな。  それが楽しかったらしくて、和磨くんが無邪気に笑っている。 「小説書いてるなんてすごいよね」 「佑久さんも書けばいいのに」 「えぇ? 僕は読むの専門です。読むプロ」  ほら、楽しそうに笑ってる。 「佑久さんなら書けるでしょ」 「作文レベルです」  そんなことないって、と和磨くんがお世辞を言ってくれる。  読むのは大好きだし、読んだ小説にあれこれ感想は言えるけれど、いざ、書くとなると……です。本の虫だからこそ、書くのがどれだけ難しいかかわかるというか。  いつもの僕ならこんな場所は苦手なのにね。  こんな派手な空間に、知らない人がたくさん、しかも、僕が普段なら接することのないようなタイプの人ばかり。それなのに、和磨くんといつもみたいにお喋りをしている。まるで普段、二人でいくレストランとか居酒屋さんにでもいるみたいだ。不思議だ。僕、そもそもお喋りなタイプじゃないのに。 「今度、佑久さんが書いたものとか読んでみたい」 「作文?」 「そうそう、私は山へ山菜をとりに出かけました。すると、川から大きな桃がって」 「えぇ? それ桃太郎だし。なんで山菜」 「芝刈りには今の時代行かないから」 「っぷ」  何それって笑うと、ナイスアイデアじゃんって、山菜とりバージョンに和磨くんも笑ってる。 「いつか佑久さんの処女作待ってる」 「えぇ? 待ってても一生読めないよ」  あははって和磨くんが笑った。 「じゃあ、一生待ってるし」 「……」  ぇ……って、心臓がわずかに飛び跳ねた。  一生待ってるって、言って……た。 「って、俺、ドリンクおかわりしてくる。佑久さんは?」  一年とか、二年とかじゃなく、その。 「あ、ううん。僕は、まだ、大丈夫」  オッケーって言うと和磨くんがソファから立ち上がり、人がたくさんいるカウンターへと向かっていく。  ソフトドリンクならドリンクバーで好きなだけと言っていた。でもカクテルとかサワーはカウンターにいる店員さんにお願いするらしくて、そのカウンターのところはとくに賑わっていた。  和磨くんがそのカウンターへと行くと、みんなが待っていたと嬉しそうに手招いて、何か話しかけている。 「……」  その中に、彼女がいた。  彼女が和磨くんに嬉しそうな表情を向けてから、こちらを見て、きつく表情を鋭くさせる。  また睨まれてしまった。  でも、仕方ない。  きっと。彼女にしてみたら僕はひょこっと出てきた「にわか」のファンのような存在なんじゃないかな。  ずっと応援していたって市木崎くんも言っていた。  ずっとオオカミサンとして、同じ大学に通っている学生仲間として、ファンで、好きな人、だったんだと思うから。  僕は睨まれても、仕方ないと思うんだ。  少し、ごめんなさいとも思うんだ。  それからオオカミサンの歌のここがすごい好きなんですとか、共有できたらいいのになぁとも思う、けど――。 「佑久さん」 「これ、サービスって」 「?」 「ケーキ?」 「わ。すごい」 「佑久さん、甘いのけっこう好き?」 「あ、うん」 「そっか」 「?」  和磨くんが持ってきてくれたのはロールケーキだった。果物、刻んだイチゴとブルーベリーがソースになっていて、そのロールケーキにかけられている。その上に、白い薔薇みたいにクリームが乗っていてとても美味しそうだった。 「じゃあ、今度、ケーキが美味そうなお店探そっかな」 「?」 「ケーキに嬉しそうな顔した佑久さんすげかわいい」 「!」  そんなことを言われたら、ちょっとドキドキするよ。少しお酒を飲んで、少し、かな、ふわふわと酔っ払っているけれど、それだけじゃなく指先とかがふわふわしてくる。  和磨くんはそんな僕の様子に小さく笑って、炭酸の泡がまだシュワシュワと踊っている亜麻色のお酒を一口飲んだ。 「す、すごい歓声だったね。ライブ。さっきもそこのスクリーンに写ってた」 「あー、死にそうに恥ずかった」 「えぇ、だって動画たくさん撮ってるのに」 「動画はね。けど、見てる人がいるのは恥ずい」  そういうものなの? と首を傾げると、そういうものなんですと、言って、またグラスを一口。 「でも、動画よりもずっと、その場だとすごい大歓声で、僕、感動したんだ」  本当にすごかった。  たった一人の人。  けれどその人にあんなに大勢が拍手を送る。それはとても奇跡的なことだ。それだけのものが和磨くんの声にはあるってことで。  僕はなんだか感動してしまって。 「生まれて初めてのちゃんとしたライブだったよ」 「……」 「そろそろ帰ろっか」 「え? でも、まだ」 「まだいたい? 何か飲む? ケーキと食べたいものあれば持ってくるし」 「僕はもう、お酒もご飯も十分いただいたよ。じゃなくて、和磨くん、みんなが」 「限界」 「え?」  お腹いっぱい? それともぺこぺこ? 喉が渇いた? それとも飲み過ぎた? 「佑久さんと二人になりたい」 「!」 「だから、帰る用意しといて、一緒に出ると、あれだから。市木崎にもフォロー頼むし」 「え、いいよ。市木崎くんも忙しそうだから、僕、準備して自分でお暇するし」 「そ?」  二人になりたいと和磨くんが言った。  言ってくれた。  僕は今、とても珍しくこんな空間にいても緊張していないし、むしろ、リラックスもできてるし、驚くことに楽しいとも思っているけれど、でも。  あの頃とは違う意味で、少しだけ、帰りたいとも思ってたんだ。  退屈だからじゃなくて、帰って本が読みたいとかじゃなくて。 「うん。なので、外で、待ってます」  和磨くんと二人になりたいから、少し、そろそろ帰りたかった。  だから、コクンと頷いたら、少し、また指先がふわふわした。

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