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第77話 僕の気持ち
どんな気持ちであの時の、本の虫が伝えた辿々しい感想を君は聞いていたのだろう。
とても、とっても驚いていたっけ。
僕はそこまで驚かれると思っていなくて、それならばちゃんともっと前から伝えておけばよかったと思ったんだ。
「腹減ってない?」
「うん。たくさん打ち上げパーティーで食べたよ」
「そ?」
「和磨くんこそ、お腹空いてない? 話しかけられてること多くて、忙しそうだった」
「あー……ちょっと小腹空いてるかも。うちに多分なんかあったから」
「コンビニ寄ろうよ」
そう言って、繋いでいた手を引っ張ると、改札を出てすぐにあったコンビニへと入った。
「……やっぱ、佑久さんも減ってたんじゃん」
「見たら、お腹が空いた気がしてきた」
「っぷは」
笑った。
「じゃ、寄って良かった」
「うん」
繋いだ手も温かい。
「こんくらい?」
「うん」
そこで手を離して、セルフレジを済ませてから、また手を繋いだ。
「俺、すげぇ単純だからさ、マジで嬉しくて」
コンビニを出て、階段を降りて、君の住んでいるマンションへと向かう道を歩いていく。近いからというのもあるけれど、それでももう僕一人でも来れてしまうくらい、僕の中に馴染んだ道順を当たり前のように歩いていく。
「そのあと、映画観に行ったじゃん?」
「うん」
「そんで、あの歌流れて、もうそん時はどうやってアレンジしようか考えてた」
「そうなの?」
「佑久さんに聴かせたくて、あはは、マジですげぇ単純」
手を繋いで、当たり前のように歩いていく。
「単純?」
「好きな子が俺の歌を聴いてくれてるってわかったんで、また歌いました、とか。単純すぎじゃね?」
「こ、光栄です」
「っぷは」
繋いだ手をブランコみたいに揺らしながら、てくてく、歩いていく。
「けど、半年歌ってないのとか気がついてた?」
「実は……あんまり。本当に疎いから、それが最近の歌なのかとかもわからなくて。タイトルくらいは見るけど、注視してるのはいつもオオカミサンの顔というか」
「っぷ、顔」
「かっこいい、ので。だから更新日とかあんまり見てなくて。コメントは見てたけど」
「へぇ」
「褒めてる人がいると、そうそう、そうですよねって、僕も頷いてみたり」
「何それ、可愛いんだけど」
「か、可愛くはないよ、むしろ、怖くない? スマホ見ながら頷いてる人」
「え? 頷いてたの?」
そう、自然と頭の中と身体が連動しちゃうというか。
和磨くんがまた楽しそうに笑った。
「だから気にしなかったのかぁ。俺が半年歌ってなかったこと」
そう呟く、少し口元を緩めた和磨くんの前髪を初夏の夜風がちょっとだけ乱した。
「……ぁ、それもあるけど」
「……」
「でも、歌わないのなら、歌いたくないってことだろうから、僕はオオカミサンが残してくれている歌聴いてるから」
「……」
「うまく言えないけど、歌いたい時に歌って欲しいんだ。誰にも強いられて欲しくないというか。オオカミサンに自由に歌って欲しい。たまにあるんだ。その小説とかで、あ、この作家さん、もしかしたらバッドエンドが好きなのかもしれないっていうの」
「わかんの?」
「なんとなく、筆が走るというか、夢中で書いたんだろうなって文章のテンポで気がついたり」
「へぇ」
僕のお気に入りの恋愛小説家もそうだった。初期作はすごく楽しそうに書いていた。けれど、途中でその楽しさが見てとれるほど消えた文章に変わった。けれど、そのあと、また楽しそうに書き始めて。今の作品は初期よりも好きかもしれない。初期の頃よりも楽しそうだから。
「だから、和磨くんの好きに歌って欲しい」
「……」
「え、偉そうなことを言ってしまっているけれど」
「偉く、しててよ」
「え、えぇ?」
「佑久さんがいなかったら、今の俺、いないんだから。今日のライブも、ハルもないし」
それは、確かに大変な偉業だ。
「佑久さんがいなかったら、俺の更新、あのまんま今もストップ」
それは、確かにすごいことを成し遂げてしまった。
「あ、若葉さんにもどんな魔法使ったのかって」
「あ、言ってたね。俺、ぱたっと歌わなくなったからなぁ」
「……」
「動画配信仲間にも心配かけてたし。けど、それでも歌わなかったから、確かに、突然歌再開してびっくりしたと思う」
若葉さんも、市木崎くんもとても心配していた。
さっき、僕を睨みつけていたあの彼女だって、きっと和磨くんが歌を再開することを心から望んでいたと思う。だからこそ、一曲でもいいから聴きたかったんだ。
「ね? だから、偉い」
「は、はい……えらい、です」
とても遠慮しつつ自分で宣言してみると、そのぎこちなさがおかしかったのか和磨くんが大きな声で笑った。
「ありがと」
ふと、思い出した。
和磨くんはよく僕に感謝の言葉を言ってくれる。優しく丁寧に。
その度に僕はこちらこそって思っていた。
あの「ありがとう」を告げてくれた時の気持ち。
その気持ちを思ったら、なんだか急に込み上げてきた。
「和磨くん」
「んー」
「あの」
ふわりと熱が込み上げてきた。
「大好きです」
その熱に押し出されるように本の虫はいくつも頭の中に詰め込んである言葉の中から、それを選んで、君に届けたくて仕方なくなった。
「大好き」
言葉で、熱で、伝えたくなった。
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