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第78話 お背中を

 本当だよ。  本当に、少なくとも僕っていう、人ひとりは確かに、世界を変えられたよ。  君の歌に。  君の歌声に。  君に出会って、僕は色々な初めてを知った。  これも、初めてだよ。 「……ん……ぁ」  結ばれる。僕は君にしてもらう側であって、だから、こんなこと思うのは少しだけ変なのかもしれないけれど。 「佑久さん?」  僕が君のこと、大事にしたいって思ったんだ。 「は、い」  半年、君が歌わなかった理由を教えてもらったら、とても、優しくしたいと思った。繊細で、優しくて、温かい君っていう人を、僕がたくさん大事にしてあげたいって思った。  笑っちゃうかな。  いつも、行為の時、優しくしてもらっているのは僕の方なのに、そんなことを思って、君にキスしてる。 「風呂、入ってくるね」 「う、ん」 「先にパッと汗だけ流すから」 「うん」 「待ってて」 「あ」 「?」 「あの、待ってるので、早く、出てきて……ください」  早く君と抱き合いたい。  早く君に世界で一番優しく接したい。  早く君を誰よりも大事にしたい。  だから早く出てきてください。 「……っぷは」  和磨くんが帰宅したばかりでまだなんだか惚けている部屋の中で、僕をじっと見つめてから、弾むように笑った。 「たまにさ」  はい。 「佑久さんが積極的なの、すげぇ、好き」 「!」 「待ってて。そっこうでシャワって来るから」  ニコッと笑っていた。 「あ! むしろ、一緒にシャワー浴びる?」 「ひゃ?」 「あはは。冗談。そこはその反応なんだね」  そして、ウインクまでして、和磨くんがバスルームの中へと消えていった。  いつもありがとうと言ってくれていた。あのありがとうはきっと和磨くんが半年抱えていた気持ちから自然と溢れた言葉なんだ。世界で一番優しくて、切ない感謝の言葉だったんだ。 「あ、の」 「うわああああああ! は? え? ちょ、佑久さんっ?」 「あ、あの、シャワー背中流してあげようと思って」 「は、はい?」 「大丈夫。本当に、その、シャワー手伝うだけ」  ね? ほら、僕は今日、着ていたTシャツを着たままでしょう? 下のズボンだけは脱いできたけれど、下着も、まだ履いてるんだ。本当に他意なくただ背中を流してあげたかっただけなんだ。 「……いや、むしろ、それがそそるっつうか」 「? 何?」  シャワーの音に掻き消されて、和磨くんの小さな小さな呟きはあまり聞き取れなかったんだけど。 「なんでもない。やっぱ、積極的バージョンの佑久さんだって思っただけ」 「? う、ん」  そうだね。僕も、この僕は知らなかった。積極的にこういうことに取り組もうとするとは思わなかったけど。 「自分で慣らすのやってみたり、フェラの練習してみたり」 「フェっ、だ、だって、和磨くんに気持ち良くなってもらいたいから、その背中、流したら気持ちいいかなって」 「お風呂一緒にする? って言ったら真っ赤になるのに、今はすげぇ真面目に答えてみたり」 「……!」 「佑久さんのそういうとこ、マジでヤバい」  僕も、ヤバ、い、です。 「んじゃ、お願いしまーす」 「は、ぃ」  喉のとこ、熱くなってきちゃった。  考えたら、ちょっと久しぶりなんだ。和磨くんとこうして夜を過ごすの。いや、そこまですごく会えてなかったわけじゃないけれど、結ばれてからは、やっぱり、それなりに何度も夜を一緒に過ごしたり、していて。けれど、最近は大学祭の準備に、リハーサルもあって、忙しそうでゆっくりこういう時間を過ごすのはなくて。  だから、和磨くんのヌードも、見るの久しぶりで。  しかも、髪の毛、濡れているからかな。  セ、クシーで。  あと、ね。 「不思議だよね」 「?」 「背中って、自分で洗うじゃん? そん時は、なんも思わないのに」  あとね。  さっき、女の子に歌をせがまれていたでしょう? 「なんで人に洗ってもらうのって、こんなに気持ちいーんだろ」  確かに、僕は本当にあの時、そんなことを言ってはダメと諭すために声をかけたけれど。  本当にほんの少し、ちょっとだけ、砂粒、一つくらい、だけれど。 「……そう? 気持ちいい?」 「あ! 人にって、あれだから! 今まで付き合ってきた女の子、とかは知らないし」  少し、僕の、その、えっと、僕の彼氏に触らないでください、とも思っちゃったんだ。ほんのちょっとだけれど。 「いや、だから、その、誤解あると」 「……」 「佑久さん、つまり……」  ほんのちょっぴりだけれど、君と結ばれたことのある他の女の子のこと、ちょっとだけ考えてみたら。 「本当、ヤバ……」  少し、胸のところがチクチク、チクンって、したんだ。 「ムスッとしてる」 「してないです」 「してる」  今は僕の彼氏って、思ったんだ。 「佑久さんのそういうのすげぇ、ヤバい」 「……ん、あの、僕、背中」 「背中洗ってくれてありがとう、ってなるわけないでしょ」 「あ、濡れちゃっ」  和磨くんに降り注いでいたお湯を今度は僕に向けられて、一瞬で着ていたTシャツが濡れてしまった。下着も。 「うん。濡れて、すげぇ、エロい」  濡れてしまった。 「あ……っ」 「めっちゃ、エロい」  抱き締められて、クラクラした。  君の指が僕の肌にピッタリとくっつくシャツを撫でて、それから、下着を指で引っ張って、ずり下げられただけで、お腹の奥も、お尻のところもキュッとなるくらい、僕はたくさん。 「襲わせて?」 「っ、ン」  濡れてしまった。

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