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第83話 ほっぺた

「あ……ここ……」 「来たことある?」  コクンと頷いだ。ここ、来たことあるよって。  和磨くんと。  面白い餃子がたくさんあるお店。 「ピザ餃子、美味しかった。あと、エビドリア餃子」 「へぇ、面白いの食べたんだね」  そう、あの時はすごく驚いたけど、でも、食べてみたら案外美味しくて、二人で驚いたり、笑ったり。じゃあ、これは? こっちも面白い組み合わせかも、なんて言いながらどんどん食べちゃって。お腹、いっぱいになりすぎちゃったんだ。 「そっか。じゃあ、別のお店にすればよかったかな」 「あ、ううんっ、僕、もう一回ここ来たかったから」  そう? と、気遣ってくれる市木崎くんがニコッと笑った。 「まだ、かかりそう、かな」 「あ、うん。みたいだね」  席に案内してもらってから、ちらりと空いている椅子の方へ視線を向けた。三人で、ライブ成功のお祝いと、それから幹事をしてくれた市木崎くんのお疲れ様会をって、言っていたけれど。和磨くんは打ち合わせが少し長引いているみたいで。とりあえず、僕ら二人だけ先にお店に入っていることになった。 「ここ、市木崎くん達と来てたんだね」 「和磨が見つけたんだけどね。面白そうって言って、ほぼ実験感覚。でも、まさかデートで餃子って……あいつ、そういうとこ気が利かないよね」 「え! あっ、や、あの、違っ、まだ、その時はっ」  その時はまだ全然、僕らはそういう感じじゃなくて、会って数回だったし、まだ最初で。 「でも、多分、和磨は椎奈さんのこと、すごく気になってたと思うよ」 「……ぇ」 「あいつ、わかりやすいって言ったでしょ? 彼女できると」  言ってた。その彼女ができると、他の女の子からの誘いを全部断るんだって、市木崎くんが教えてくれた。 「なんか、急に大学終わりぶらぶらしなくなって」 「……」 「いつだったかなぁ。正確に何月って覚えてるわけじゃないんだけど。でも、イヤホン無くしたって騒いだちょっと後くらい」 「!」  それは、きっと。 「飲み会で落としたのかもって言ってた。けど、そのすぐ後に見つかって。そのあたりから」 「……」 「飲み会、誘ったんだよね。女の子がいる。そしたらもう行かないからって」 「……」 「カノジョできた? ってからかったんだけど」  そうなんだ。 「カノジョじゃないけど、てんてんてん」 「てん…… 「で、急にキャラ変して本読み出したし。これは前に話したけど」 「は、ぃ」 「その時に好きな子がいて、その相手が同性って言ってた」  それは、もしかしたら、もしか……しなくても、僕、のこと。 「そのあとだったよ。カレシできたって」 「!」 「だから、けっこう最初から椎奈さんのこと好きだったんじゃない?」  あの時から、なんて。 「っ」  すごくすごく最初の方。  すごくすごく前で、僕は今もだけれど、どこにでもいそうなただの司書で。 「あはは、椎奈さん真っ赤」 「ご、ごめんっ」  そんなに真っ赤? ですか? 「僕、その時には、和磨くんに」 「多分ね」 「ど、どうだろう。ないと……思うけど……そんな好かれるポイント、なんて」  引っ込み思案で、ユーモアがあるわけでもないから、一緒にいて楽しいことなんてないだろうし。市木崎くんみたいに気がつく人でもなかったから、居心地だって。 「そんなことないよ。わかるな」 「……」 「和磨が椎奈さんを好きになったところ」 「…………ぇ?」 「って、何、佑久さんに、アピールしてんだ」  びっくりした、ところだった。 「お疲れー」 「わ、あ、お疲れ様、です」 「はぁ、マジで疲れた。つうか、遅れてごめん。打ち合わせ長引いた。つか、長かった」  和磨くん、だ。 「ううん。打ち合わせなんてすごい」 「俺もそう思った」  朝ぶり。  なんて、朝までずっと一緒にいたのに、嬉しくなる僕はどれだけ君のことばかり考えているんだろうって思うけれど。 「俺と椎奈さん適当に頼んで進めてた。今、これとこれ、それからこれも頼んでる。他、食いたいの追加で頼むだろ? 俺、ビール。一緒に頼んで」  テキパキと現状を伝えると、市木崎くんはトイレへと席を立ってしまった。  和磨くんは溜め息をつきつつ、僕の隣に座った。 「疲れたよね。お腹減ったでしょ?」 「んー……佑久さんは? 腹いっぱい?」 「あ、うん。けっこう食べた、かも」 「そっか。ごめん。遅くなって」 「ううんっ全然。お疲れさま、です」  和磨くんがじっと見つめて。  僕はその視線にきっとまた頬が赤くなっているのだろうかと、慌てて、頬を掌で押さえてみた。 「いっぱい、食べた?」 「うん。あ、他、何か食べる? えっと、これ、とか、美味しかったよ」  市木崎くんから色々聞いてしまったからかな。ちょっとくすぐったい。僕のことを好きになってくれたことを、なんというか外側から教えてもらえると、照れ臭くて、嬉しくて、そわそわしてしまう。  僕は、その、僕が知らないところで、君に好かれていたのだと思うと。 「腹減った」 「大変だっただね。時間かかったもんね。たくさん食べて。あ、これも、どうぞ、ちょっと冷めちゃったけど。でも冷めても美味しかったよ。中華サラダ餃子」  案外、普通でしょ? だけど、冷めても美味しいし、中に味のついた春雨サラダが入ってるからか、お醤油とかタレとかなくても美味しいのがとてもいいなぁって。食べやすかった。 「ど、うぞっ」 「ありがと。佑久さんの顔みたら一気に腹減った」 「?」  僕? お腹を空かせることのできる顔、してるの、かな。 「ほっぺた、美味そう」 「え……えぇ」  それは褒められてるの?  あまり褒められている気がしないけど。でも――。 「じゃあ、たくさん食べてください」 「いいの? 佑久さん襲って」 「え、えぇっ? 襲っ、じゃなくて、たくさん食べてって」 「佑久さん?」 「ぎょ、餃子をっ」 「あははは」  和磨くんが笑ってくれたから、僕は、美味しそうなほっぺた、でよかったと思った。

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