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第90話 こんなの初めて

 ――俺んちで、いい? そっちの方がここから近いから。  和磨くんが僕を抱き締めたままそう言った。  うん。  そう頷こうとしたら、とてもきつくぎゅっと何も隙間がないほど抱き締められていて、頷く隙間すらなくて。僕は、声に出して頷いた。  その自分の声がとても切なそうに掠れていて。  和磨くんが僕のその声に答えるように、もっとぎゅっと抱き締めてくれた。  キツくて、狭いのに、僕はずっとここにいたいって思った。 「あっ……の、和磨、くんっ」 「うん」  風邪引いてる時みたいだ。  クラクラする。  帰ってきたばかり。  靴を脱いで、まだ玄関を上がって、一歩、二歩、進んだくらい。 「あの、ね」 「うん」 「和磨くんに会いたくて、すごく寂しかった……よ。あっ、ンン」 「ン」  立ってるとふわふわしていて、倒れてしまいそうで、服を捲り上げて僕の肌にキスをしてくれる和磨くんの帽子にしがみつくように腕に力を込めた。 「あっ、ン」  胸のとこ、乳首、に、歯を立てられて、その刺激に身体がビクンって跳ねた。僕は廊下の壁と和磨くんに挟まれて閉じ込められるようになっていたから、乳首にキスされた瞬間、思わず仰け反っちゃって、その拍子に後頭部を廊下の壁にぶつけた。 「……あ、ン」  和磨くんは頭をぶつけてしまった僕に僅かに笑ってから、そっと僕の、今ぶつけてしまった頭と廊下の間に手を挟んでくれて。 「ん、ふっ……」  深くキスしてくれた。唇が重なって、舌が絡まり合う。舌を絡め取られて、そのまま擦り合わせるようにされると、ゾクゾクした。背中を快感が撫でるように迫り上がって。  和磨くんの舌がとても気持ちよかった。  僕は彼に応えるだけで精一杯だけれど。  キス、したの、久しぶりだからかな。触れて、擦れ合って、交わし合うのがたまらなく心地良くて、しがみつくみたいに僕も舌先を辿々しく絡めた。 「ん、んんんっ」  もっと深く、絡まって、舌溶けちゃいそうなくらいまさぐられて。 「あっ、かず、まっ……あ、ん、んんん、ンく」  潤んで濡れて、溢れて。 「っっっっっ、あっ」 「っ、佑久さん」 「あ、はッ……」  溢れて、零れた。 「っ……っ……っ、っ」  キスで。 「あ、和磨くん」 「もしかして、さ」 「あの、キスで、その僕」  頬がカァって、たまらなく熱くなった。 「和磨くんとこうするの久しぶりで」  熱くて、おかしくなっちゃいそう。彼の中に閉じ込めてもらいたくて、キュッと肩をすくめながら、Tシャツの胸の辺りにしがみついた。 「ヤバ」 「あ……のっ」  イッてしまう、なんて思わなかった。和磨くんがしてくれるキスはとても気持ちがいいけれど、それだけで達してしまうことなんてなかったから、そうなると思ってなくて。 「最高」  そう言って、笑ってキスをしてくれた。  ただ唇に触れるだけのキスなのに。 「あ、和磨くん」  気持ちが溢れてくる。  初めての、気持ち。  会いたくて、会いたくて、たまらなかった。  ちょっとでいいから。  和磨くんのこと、独り占めしたいって。  それから。 「もっと」  僕のことも、君のものにしてもらいたいって。 「和磨くんに」  僕のキスは和磨くんみたいに蕩けてしまえるほど上手じゃないけれど。 「佑久、っ」 「触りたい……です」  まるで子どもが駄々を捏ねて、独り占めするんだと周りに主張するみたい和磨くんの唇に自分から触れて、ギュッてしがみついていた手を離して、彼の、を掌で撫でた。 「佑久さん?」 「僕……」  こんなの初めてだ。  すごくすごく欲情してる。ゾクゾクしていて、喉奥のところ熱くてたまらない。 「ちょ、待っ、シャワー」 「平気」 「平気じゃないって、俺、朝から」 「うん」  朝からきっと忙しかったんだ、朝からずっと今まで大学行っている和磨くんで、どこかできっとプロの歌手でアーティストの和磨くんで、それで、打ち合わせとか、ボイストレーニングとか一生懸命頑張ってる和磨くん、だった。 「触りたい……っ、んむ」  今は、僕の、です。 「っ、佑久さんっ」  僕だけの、です。 「ん、あ……む……ンンっ」  たくさん、口いっぱいに頬張って、先のところにキスをして、太いところに唇で触れて、根本に鼻先を埋めた。 「やば、それ」  気持ちいい? 「佑久さん」  ここ、気持ちい? 「っ、すげ、興奮する」  本当に? 「佑久さん」  僕、今口の中がいっぱいだから答えられなくて、返事の代わりに見上げた。 「!」  その瞬間、ドクンって喉奥から引き抜くようにされて、キスでたくさん敏感になった口の中が和磨くんのでまた擦れて、舌が撫でられて、ゾクゾクって。 「あっ」  唇に、頬に、和磨くんの熱の飛沫が飛んだ。 「わりっ、佑久さんっ」  こんなの、初めてだ。 「ううん……大丈夫……」  君のこと、全部、丸ごと、独り占めしたいだなんて。無理なのに、そうしたくてたまらない、なんて。 「待って、今、ティッシュ」 「……うん」 「ちょっ、そんなの口にっ」  舐めたら、苦かった。でも、お腹の奥の方がキュってした。  こう、だっけ。 「……」  キス、して、吸ったら、付く……んだっけ。 「……佑久さん?」  ここにはきっと付かないだろうけれど、今、放ったばかりで、それでもまだ硬いそれに口付けた。キスマークは付かないけれど、君の放った液も、君の残りの雫も全部、僕は独り占めをして、その先端に僕のですって印がつけられないだろうかとキスをした。 「和磨、くん……」  こんなの、初めてだ。  好きな人の名前なら、それを呼ぶ僕の声すら、好きだなんて。好きじゃなかったのに。ボソボソしていて聞き取りにくくて、好きじゃないのに。僕はすごく君のことが好きだから、君の名前を呼ぶ時には、自分の声すら好きになれるだなんて。本当にとても大好きなんだと改めて自覚して、おかしくて、ちょっと笑ってしまった。

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