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第103話 僕は大馬鹿もの

 繊細で、優しくて、温かい、君っていう人を、僕がたくさん大事にしてあげたいって思った。  僕、バカだな。  大事にしたいって、すごくすごく思っていたのに、その僕が一番和磨くんのこと大事に思ってなかった。大事にしすぎて、箱にしまって、クローゼットの奥に置いていたら、ダメなのに。  大事にするってそういうことじゃない。 「…………スマホ!」  大事にするって、しまっておくことじゃない。 「連絡っ」  僕は、まだ開館には時間のある図書館の正面扉にもう一度施錠をして、大慌てで、さっきまでダラダラと悩むばかりで歩いていた廊下を、本当は走ったらダメだけれど、走って、戻って。 「あれ? もう選び終わったの? 小説」 「あ、うん……ぁ、えっと、ううん」 「?」  スマホ、で、連絡を。 「あっ!」  って、思ったけど、でも、そう、でしょ。  ここのところ、本当にほったらかしにしてたから。  スマホ、バッテリーなくなっちゃってる、でしょ。充電もしてなかったんだから。電池切れになってるに決まってる。いくらボタンを押してもスマホの画面は真っ暗なまま。うんともすんとも言ってくれない。当たり前だけれど。僕がずっとカバンの中にしまって知らんぷりをしていたように、今度はその仕返しだと言いたそうに、スマホが僕のことを知らんぷりしている。 「スマホ? 電池切れちゃったの?」 「あ……うん」 「貸す?」  わ。貸して……もらいたいけれど、貸してもらっても、どう連絡したらいいのかわからないや。電話番号、覚えてないし。SNSからの連絡も、僕のスマホじゃないからそれはさすがにできないし。だから――。 「大丈夫。ごめん、ありがとう」 「そ? …………よかった」 「?」  ポツリと近藤さんがそんなことを言った。  何かよかったことでもあったのかなって僕は、不思議な顔をして彼女の方を見つめて。その不思議顔に近藤さんが笑った。 「ここのところ元気じゃなかったから。今朝も、あんまり元気じゃなくて。でも、今戻ってきたら元気そう」 「……」 「元気、とはまた違うかな」 「?」 「最近の椎奈くんに戻った感じ」 「……」 「最近の椎奈くん、全然違ってたから。最初、どこにいてもつまらそうっていうか、あんまり楽しそうじゃなかったけど。ほら、ゴールデンウイークに水族館行ったり、カラオケ行ったり、なんか最近、アクティブだったでしょ? そのくらいからかな」  近藤さんがにっこりと笑って、仕事の時に使うエプロンを首に引っ掛けた。 「図書館でも、楽しそうに仕事してたから、なんか、嬉しかったんだよね」 「……」 「今、そんな感じの椎奈くんに戻った気がしたから」 「……ぁ」 「あ、でもスマホ、使いたかったら言ってね。全然、かまわないよ」 「あり、がとう」  そんなに違っていたかな。  僕は和磨くんに出会ってから、そんなに。 「どういたしましてっ」  違っている、よね。僕は彼に出会ってから初めてばかりなんだ。  初めてこんなに誰かのことを思ったし。初めてこんなに誰かに会いたいと思った。初めて、がたくさん。毎日、初めてに出会える。  そして、今日、僕は初めて、自分のこと、この大馬鹿って叱りたい気持ちになった。  帰ったら充電、大急ぎでしなくちゃ。  コンセントさしながら、和磨くんにメッセージを送ろう。ここのところ、連絡ずっとせずにいてごめんなさいって、心配させてしまっていたら本当にごめんなさいって。大学の、和磨くんのファンの女の子が今日、図書館に来てくれましたって。  ライブに出演すると教えてくれましたって。  それから――。 「す、すみませんっ。お先に失礼しますっ」 「あら、急いでるの?」 「あ! はい! すみませんっ」  主任が僕の慌てた様子に目を丸くしていた。そして、少しだけ笑っていた。  僕は急いで、カバンを胸にギュッと抱えながらぺこりと頭を下げた。  控え室を飛び出すと、もう少し残っていたいと言っていた近藤さんが僕を見つけて、手を口元に持っていき、大きく口を開けて。  ――が、ん、ば、って。  そう言ってくれていた。  僕はまたもや頭をぺこりと下げて。それから、今度は本当に走ってはいけない、図書館の中を人にぶつかってしまわないように、たくさん気をつけながら早歩きですり抜けていく。  電話、は、出られないと思うんだ。夕方だもの。きっと和磨くんは忙しい時間を過ごしてると思うから。  だから、メッセージを残すんだ。  たくさん謝って、たくさん好きですって、伝えなくちゃ。  それから、僕。 「佑久さん」 「!」  その呼び方に、心臓が飛び跳ねた。 「…………ぁ……え」  僕のこと、そう呼ぶ人、一人しか、いないから。 「……ぇ」  和磨くん、だと思った。 「市木崎……く……ん」  図書館を飛び出して、駅に直結する通路を走って行こうとしたところだった。 「市木崎……くん」  急ぎすぎてあまり周りを見ていなかった僕は、気がつかず、通り過ぎてしまうところだった。  ちょうど、正面扉のところに市木崎くんがいた。  いて、それで。 「仕事、終わるの、待ってたんだ」  僕のことを、真っ直ぐ、鋭くて、落ち着かなくなるほど真っ直ぐ、僕のことを見つめていた。

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