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第105話 頑張るぞ。
たくさん謝らなくちゃ。
聞いてくれるかな。
聞いて、くれますように。
「えっと」
連絡、何もしてなかったこと。まるで知らんぷりでもするようなことをしていたこと。君のこと、本当に大事に、してなかったこと。
「…………」
早く、充電。
もうスマホ空っぽだ。
充電のコードを差し込んだら、真っ暗だった画面に「今、充電いてるよ」ってサインが表示された。電気のようなマークがピピっと点灯して、矢印がスマホの画面中央へと向かっていく。それはまるで喉が渇いたって、ゴクゴク水でも飲み干してるみたいだ。
僕がスマホを握りしめていたって充電量が増えるわけじゃないし、ぎゅっと見つめたところで早く充電が進むわけでもない。それでもスマホを握って、じっとその画面を見つめてる。ゼロパーセントだったバッテリー量が一パーセント増えて、そしたら、スマホが自分から電源をオンにしてくれた。
早く、早く。
そして少しばかり経って、いつもの画面になった瞬間、たくさんの着信履歴が。
「っ」
和磨くんから。
その一つから電話をかけた。
かかるかな。
繋がるかな。
急に音信不通になったこと怒って、もう電話に出てくれないかもしれない。
それにライブするって言ってたから忙しいかもしれない。
僕は邪魔になるかもしれないけれど。
それでも、電話で彼を呼び続けた。十回、鳴らした。
けど、出ないや。
怒ってますか?
落ち込ませてしまってごめんなさい。
「……」
――何時でもいいので、電話を。
メッセージじゃなくて声で伝えたい。少しでも君の近くになるようにしたい。
「!」
電話したいですってメッセージを送ろうと文字を入力している最中だった。
急に、突然、スマホが振動して、僕は驚きすぎて落としてしまいそうになりながら、その画面に表示された名前に胸のところがギュッと苦しくなった。
「もっ、もしもしっ」
和磨くん、電話、掛け直してくれた。
ありがとう。
ごめんなさい。
その二つが一気に交互になって押し寄せてくる。
「あのっ、ごめんなさいっ、電話、ずっとほったらかしにしていて、連絡、取れなくて。そのっ」
『……』
「あのっ、電源、切れちゃって。バッテリーなくなっちゃって。返事とか電話とかたくさんもらってたのに」
『……』
「全部」
『っ………………っはっあぁぁぁぁぁぁ……」
深い深い溜め息だった。
「あの…………」
『マジで…………ビビった」
小さな小さな呟きだった。
「あの」
『もう連絡つかないのかと思った』
「……」
『もう、別れたいのかと、思った』
「うん」
『……』
「そのほうが和磨くんにとっていいのかなって思った」
『そんなわけっ』
「僕との時間を無理に作るの大変なんじゃないかな」
『ないから! 無理とか!』
「デビューするのに、恋人いるとかイメージダウンとかあるかな、とか」
『それなら俺はっ』
「歌いたいのに、僕のせいで、やめるって、なったら、とか」
『……』
「でも、一番は」
不安がいっぱいあった。押し寄せてきて、僕はだんだん苦しくなってきて。
「会えなくて、不安になっちゃったんだ」
『……』
「和磨くんが頑張ってるのを応援してるのに、歌、歌って欲しいのに、すれ違ってばかりで不安ばっかりが大きくなっちゃって」
『……』
「だから、会って欲しいです」
『いつでも会いに行く』
「うん」
低くて、落ち着く優しい声に、電話越しじゃ見えないだろうけれど、しっかりと頷いた。
きっと、和磨くんに会えば。
顔を見れば。
不安も、心配も、心細いのも、全部、会えば吹き飛んでいってしまうんだ。
あんなにどうしたらいいのだろうと、俯いていった気持ちが、きっと君に会った瞬間、上を向く。そしてなんでそんなに不安になるの? と、不思議に思ってしまうだろう。
『マジでいつだって、夜でも朝でも』
会ったら、それだけで治るんだ。痛いのも、寂しいのも、苦しいのも。
「でも、今は、会いませんっ」
『え? 佑久さんっ』
でも、そうも言ってられないでしょう?
僕はそうドラマチックなことは起きないけれども、毎日、図書館の司書っていう仕事があって。和磨くんには大学の勉学があって、歌の活動が合って、そこから広がったたくさんの友だちが、知り合いが、いるでしょう? だから、会いたい気持ちだけでずっと一緒にいられるなんてこと、難しいと思うんだ。
でも、そうわかっていても、会わなかったらまた寂しくなるかもしれない。
不安がいっぱいに膨らんでしまうかもしれない。
だから、ね。
思ったんだ。
僕は、決めた。
「僕! ちょっと、また音信不通になります!」
『は? なんでっ』
「山!」
『ヤマ?』
「には籠もれないけど」
『は? 何、佑久さん?』
修行、かな。うーん、ちょっと違う、かな。でも集中したいんだ。
「お願いがあります」
『え? 何』
「前に、一曲だけ、オリジナルで作ったって曲、あったでしょ?」
『え? あ、あぁ、うん』
「もう一度聴きたいです」
『今?』
「はい。今」
『つか、ヤマって何、それに』
「お願いします」
『歌うの?』
「はい。今です。あ! ちょっと待って! あのっ、ちょっとだけ」
『?』
あった。なんとなく覚えてた。そんなボタンがあったなって。
電話で話をしながら録音できるんだ。あまり電話を使わないから、この機能も使ったことなかったけれど、そんな機能があることはぼんやりとだけれど知っていて。
そのボタンを押したら画面が切り替わって、時間が刻々と進んでいる。もう録音始まってる。
「はい……お願いします…………」
『え? マジで歌うの? 今?』
そう、お願いします。
僕の声は邪魔だから、コクコク黙って頷いた。その無言の頷きは和磨くんには見えないし、聞こえないけれど、それでも、一つ咳払いをしてくれる。
歌う前の合図、だ。
そして、深く深呼吸した、と思ったら。
『はぁ……マジで』
そう小さく呟いたとほとんど同時。
君が、丁寧に、優しい声で、歌ってくれた。
メロディだけ。
けれど、とても素敵なメロディ。
僕はその歌声を久しぶりに聴きながら、泣いてしまいそうだった。
「あの、和磨くん、ありがとう」
『全然かまわないよ。それより』
「しばらく、僕、こもっちゃうから、また連絡つかないかもしれない、です」
『なんっ』
「でも」
『……』
「でも、世界で一番、応援してます」
本当だよ? もう迷わないんだ。もう不安になったりもしない。
「待ってて、ください」
『……』
「僕も、頑張るね」
『……佑久さん』
「ライブ楽しみにしてます」
『来て、くれんの?』
「うん」
もちろんだよ。
そう答えると電話の向こうでホッとしたと安堵の溜め息が聞こえた。
「ごめんなさい」
『佑久さん……つか、俺が』
「僕、もう絶対に不安にならないし、和磨くんのことも不安にさせない。絶対に、です」
『……』
「だから、待っててね」
『……』
その時、和磨くんの電話の向こう側から声が聞こえた。呼びかけるような、そんな声が遠くから聞こえた。多分、和磨くんのこと、呼んでるんじゃないかな
「それじゃあ」
『佑久さん』
「?」
『……好きだよ』
優しい声だった。優しくて、胸のところがギュッとなる声。温かくて、うっとりとする声。
電話はそこで切れてしまった。
今頃、和磨くんはどこかで頑張ってる。電話を切って、どこかのスタジオかな。わからないけれど。
「…………よーし!」
わからないけれど、僕もここで頑張ろうと立ち上がった。
生まれて初めてだ。
「頑張るぞ」
僕は一人、ガッツポーズを決めてみた。
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