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和磨視点 第106話 世界は変わんない

 このまま俺が歌わなくても。  ここでまた歌っても。  世界は変わんないだろ。 「マジ? 歌い手なの? えー見たい! なんて名前?」 「あー……全然、もう、ビミョーだから」 「でも見たい!」  そもそも見るって、違くね? 歌だし、聞く、だろ。  まだ知ってる人いたんだ。  飲み会に来てた女の子のひとりがオオカミサンを知ってた。 「和磨、二次会行く?」 「んー、市木崎は?」 「俺はパス、別のところで飲み直す」  そこで、今日一緒に飲んでた子が、残念って騒いで、それに市木崎がめちゃくちゃ人当たりのいい笑顔向けて「ごめんね。俺、ゲイだから恋愛対象外」そう言った。  ほら、女の子、みーんな、「じゃあ、なんで来た」って顔してんじゃん。 「あは」  それが面白くて、なんか笑った。  半年、動画配信止まってたら人目にはつかなくなるよな。  毎日、毎日、あっちこっちで更新される歌配信に、俺の半年前でぴたりと止まった動画はいくらでも埋もれてく。  埋もれたところで、何かがなくなるわけじゃないし。歌えなくなったわけじゃないし。  ただ、奥の、底の方に、少しずつ押し込まれていくだけ。  ただ、そんだけ。 「んー……」  ただ、そんだけ。  すごーい、とか言われたいわけじゃない。  キャーキャーされたい、とかでもない。  たださ。  ただ。 「あ、あの、どうぞ。座れますよ」  ただ、俺が歌ったのを、マジで、すっげぇ丸ごと夢中になってくれる、そんなことがあったら最高だなぁって。  半年歌わなかったら、忘れられるんじゃなくて。  半年歌わずにいようが、なんだろうが、俺の歌を揺るがなく好きでいてもらえたら、最高だなぁって。そんな、なんだろ、全力で誰かの何かを鷲掴みにできたらなぁって。 「止まってる……」  今日、飲み会だったっけ。飲み会、だったよな。  あー、そうだ。会計して店、出たんだっけ。  そんでもう二次会行かないで帰るつったら、女の子がついてきたような、来てなかったような。  じゃあ、私も帰るって言われたような。言われてないような。どっちだっけ。 「動かないね」  あー……今、そんで帰り途中か。 「あれ?」 「!」  こんな子、だっけ?  肌、白。  髪、すっげぇ黒い。 「あはは、そんな緊張しなくていいよ」  もう歌い手って言っても半年前で活動止まった、ただの大学生だから。 「電車、動かないね」 「は、はい」  へぇ、女の子にしては声かっけーな。へぇ……。 「ショートカットの子、いたっけ? まいっか、さっき、聴きたいつったっけ」  見たいって言われたけど、見るんじゃなくて、聴くだから。 「いーよ。これ」 「え?」 「はい」  指、ほっそ。けど、女の子にしてはしっかりしてる感じ。 「あ、あの」  あと、やっぱ声がかっけー。声にさ、色があるなら、グレー。いや、アッシュグレー。ブルーグレー、かな。狼の毛色に似た色。  俺の好きな色。  あと黒髪も柔らかくて、指に触った感じ、いいな。気持ちい。 「そんで」  そっか。こんな子、いたんだ。  へぇ。  いいな。こういう感じの子。  ね、聴いてみる 俺の歌。もう半年前だけど。気に入る?  「んで」  だから、俺が一番上手に歌えたのを引っ張り出した。俺の音楽フォルダに入ってるやつで、一番上手くアレンジできて、一番最高って思った一曲。それを俺の押し入れんとこからさ。ガッシャガシャ、音立てて、中にあるもん、引っ張り出して、そんで、ほらって三角の再生ボタンを押した。 「あ、電車、動いた」  居眠りしてた車両が目を覚ました感じ。低めの電気音がして、座ってる酔っぱらいたちが少し苛立ってた気持ちを落ちつかせたのがわかる。そしてまた動き出すと、それが当たり前みたいにみんな無関心を決め込む。つい数分前はみーんな電車の再出発のことばっかり考えてたのに。いつも通りになればもうそれは動くのが当たり前で。走るのが普通のことになる。  歌い手が歌うのを当たり前に思うみたいに。  そんで、電車から降りたらもう、電車の中のことなんてあっさり忘れるみたいに、配信しなくなった瞬間、記憶の隅っこに直行されてしまわれる。  そこにある苦労とか時間とかは関係なく、ね。 「それじゃあ、またね」  そんなもん、なんだよ。 「んー……っ、イッタ……」  あったま痛い。  あー、ヤバい。  頭、割れそ。  昨日、何時に帰ってきたんだっけ。全然覚えてないんだけど。  今日って、講義、朝はなんだっけ。 「?」  スマホは一応ポケットからは出したらしい。ベッドの上、適当に転がっていたスマホを手にとった。画面には市木崎からのメッセージと、多分、昨日、連絡先交換したんだろう知らない名前が並んでた。  けど、驚いたのは知らない名前じゃなくて。 「なんで、俺の歌」  画面を開いたら、俺の音楽フォルダの中の一曲が表示されていた。  なんで?  誰かと聴いた? つーか。 「……マジか」  イヤホン、なくした。片っぽだけ。金色のワイヤレス。ポケットから落っこちた? 「……」  もしくは誰かと、自分の歌ったの、聴いた、とか?  じゃあ、昨日飲んだ誰かと? そしたら、市木崎に訊けば俺が話した子の誰かってわかんのか。  でも、いっくら飲んでたからって、俺、そんな場で誰かと歌聴く? しなそうなんだけど。 「あー、もお……」  頭も痛いし。  イヤホン無くすし。 「!」  そう思って溜め息をついた時だった。他、なんもバカやってないよな? って、昨日の酔っ払いな自分の行動に顰めっ面になりながら、やらかしたことはないかスマホの中を探してた時だった。  ――初めまして。  SNSの個別メッセージのとこに、そんな改まった挨拶を見つけた。

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