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和磨視点 第107話 名前を告げる君の声が
――イヤホン、お預かりしました。忘れ物、落とし物として駅の方に渡しますので、ご都合の良い時に、取りに来てください。
そんな挨拶だった。まるでビジネスメールみたいな。仕事とかっぽいメッセージで、なんか、印象的だった。
事実は小説よりも奇なり、なんていうけど。
でも、まさか。
「あ、あの……」
こんなことも、あるんだ。すげ、びっくりした。
「あの、僕、先ほど、連絡させていただいた、イヤホンの」
「椎奈……さん」
「あ、はいっ」
俺、どんだけ酔っ払ってたんだ?
性別も見分けつかないくらい?
何話したのか覚えてないし。
相手、男だし。
「椎奈、です」
椎奈さん。
もちろん全然知らない人。
慌ててる。なんか、リスとかウサギとかみたい。
「あ、あの、すみません。突然、連絡を、SNSからしてしまって。そのイヤホン、なんですけど、これ」
礼儀正しい人だな。あのメッセージ書いた人って感じがする。
「一応、確かめてください。あの時以降は特にいじったりしてないですけど。その高価なものだから。価格、調べてしまいました」
「なんだ。イヤホンか」
「え?」
「いや、お年玉、もらえたのかと思った」
なぁんて。
「あ……これは、他に適当な袋が見つからなかったからなもので」
俺の周りにこんなふうにイヤホン片っぽだけを丁寧に袋に入れて返すようなのいない。
「お正月に親戚の甥っ子と姪っ子にあげた残りがあったので。すみません」
イヤホンを入れてあったのはお年玉によく使うポチ袋。
「いや、可愛いなって思って。ありがとう」
「……いえ」
甥っ子、姪っ子にお年玉あげる人なんだ。じゃー、社会人? 学生かと思った。
「あ、壊れてるか見ないとなんだっけ」
「あ、はい。一応」
「ちょい待って……ありがと。ちゃんと聞こえた」
「あ、そうですか。よかった」
俺が勝手にこの人に押し付けたんでしょ? このイヤホン。この人が欲しがったわけでもないだろうに、なのに丁寧に袋に入れてくれて、壊れてないか確認してくれなんて言って、聞こえたよって言ったら、めちゃくちゃホッとしてる。
「それじゃあ、僕は、これで」
酔っ払った俺がこの人に勝手に絡んだだけだろうに、仕事してる人っぽいから忙しいかもしんないのに、丁寧に、真面目に、接するような人。
この人にしてみたら、迷惑かけられたって感じ。
銀髪の柄の悪そうな奴だ、ってくらい。
けど、なんで俺がこの人に絡んだのかはちょっとわかるかも。
ここで、ありがとうございましたつったら、もう会うことなんてない。
それは、ちょっと、イヤかも、とか思った。
なんで?
「あ、ね」
なんでだろーな。
「このあと、予定とかある?」
真面目な感じが新鮮だったから。
イヤホンを入れてくれたお年玉袋が可愛かったから。
「え? あ、いえ……特には」
「じゃあさ」
その黒髪が艶々で綺麗だったから。
「ちょっと晩飯、一緒にしない?」
「……え?」
それから。
「イヤホン、返してくれたお礼」
たまに驚いた顔をすると髪と同じくらい真っ黒な瞳が綺麗だったから。
「イヤホン、返してくれたお礼」
ほら。
「晩飯、どう?」
すげぇ綺麗。
「へぇ、図書館の人なんだ」
「あ、はい」
なるほど。そりゃ真面目だ。
「俺と同じくらいの学生かと思った」
「いえ……え?」
「え?」
そこでそんなに驚く? 真っ黒な瞳をパッと見開いて、小さな口をパカって開けた。どんぐり齧るのを突然やめたリスっぽくて、ちょっと笑いそう。
「つか、歳、幾つ?」
「え? 僕は、二十」
「あぁ」
二十ちょっとか。図書館で働くのって、学歴関係あるんだっけ。じゃあ、新卒?
「……五、です」
「……えぇ? 二十五?」
二十五って、じゃあ、俺よりも五つも上? マジで?
「あ、あの、オオカミサン、は」
「俺? 二十」
「………………」
「だよ」
「え、えぇ? 二十、って、ハタチ」
「あはは」
めちゃくちゃ驚くから、それはこっちもだって思って、思いっきり笑った。
俺はこの人を学生だと思ってたから、見た目より若いって感じて。
この人には俺が二十歳には見えなかったっぽくて。ここの店、イタリアンでピザがめちゃくちゃ美味くて、オススメ。個室とかないんだけど、オープンスペースがいい感じでさ。悪ノリするようなアホが来ないから、居心地がいいんだ。
そっか。
この人、年上か。
あー、でも、だからかな。
「タメ口でいーよ」
落ち着く。
「あ、いえ。そんな、あんなすごい歌を歌う方なので、年下とか全く関係なく」
不思議な感じの人だな。
やっぱ年上だからかなぁ。
俺、歌のこと、この人に話した……んだよな。きっと、自分から。それがまず珍しい。よっぽどだよ。
「図書館の人、なんだっけ」
「あ、はい」
「どこの図書館?」
「えっと、あの沿線沿いにある、駅前の、大きな」
知ってる図書館だ。入ったことはないけど。そっか、そこにこの人いるのか。
「あ、あそこか。へぇ、すげぇでかいところじゃん。下にカフェなかったっけ」
「あります」
「雰囲気いい感じだよね。あそこのカフェ。よく行く?」
「あ、あんまり」
「そっか」
「……」
どんなふうに俺、この人に歌い手だって言ったんだろ。欠片も覚えてねぇし。
変に自慢とかしてないといいんだけど。だっさいじゃん。半年も前の動画で自慢とかガキくさ。
「あ、あの、すみません」
「?」
でも、この人にそんなことを話した理由とかはちょっとわかる。
「あ、飲み物、なんか頼む? えっと、ごめん。忘れてた」
「?」
「名前訊いてないじゃん」
声。
「名前は?」
この人の声がさ。
「あっぶね、また名前聞きそびれるところだった」
「し……」
いい感じだから。
「し、椎奈佑久(しいなたすく)です」
「たすく……面白い名前だね」
「あ、はい。人偏に右と書いて、久方ぶり、と書きます」
「久方ぶり……」
その単語を告げるその声が、キレイだったから。
「は、はい」
「佑久、ね」
「! はい」
「俺は」
耳に心地良くてさ。
「澤井和磨(さわいかずま)、ね」
もっと聞きたいって思ったんだ。
「飲み物、どれにする?」
「あ……はい」
この人が照れくさそうに、慌てながら一生懸命に話すとこをもう少し見ていたいって、思ったんだ。
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