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和磨視点 第109話 単純すぎてさ

 自分はなんて単純な生き物なんだろうって思うよ。  ――僕は、オオカミサンが歌ってる方がいい。今観た映画の最後に流れた曲も、そう、思った。  そんで、ちょっと笑えてくる。 「いらっしゃいませ」 「予約してた澤井です」 「はーい。お待ちください」  受付の人変わってた。まぁ、そっか。半年経ってるし。半年前は男の人だった。その人も大学生だって言ってたっけ。今、受付にいるプラチナブロンドカラーで毛先だけエメラルドグリーンに染めた髪を頭のてっぺんでお団子にして、なんかちょっとアイスクリームっぽい髪型に見える人が、半年前と同じ赤い革製のキーヘッドカバーをつけたカギをくれた。  それを受け取って、少し懐かしい廊下を進んでく。  歌を収録する時によく使ってたレンタルスペース。  部屋、っていうよりスペースにあるのは、自由に使えるギターと、スタンド式のマイク。  入れて三人くらいのスペースが一人で歌収録する時にはちょうど良くて。小さいけどしっかり防音になっていて、パソコン作業なんかもできるデスクがあるから便利だった。 「……コホン」  声、出るかな。 「……」  ほっんとうに単純。  マジで少し笑う。  向こうにしてみたらただ気まぐれで言っただけかもしれないのに。  好きな子が、歌、聴きたいって言ってくれただけで歌う気になったとかさ。けど。 「……」  けど、佑久さんに聴いて欲しいとも、思ったんだ。  俺が歌ったのを。  ただの映画鑑賞。  佑久さんにしてみたらさ、好きな映画の実写見に行くだけのことだったかもしんないじゃん。  デート、じゃないんだろうけど。  でも、俺的には、デートでさ。  いつもと違う淡いカラーのカーディガンにテンション笑えるくらい上がったんだ。映画館、暗いからとか言って手繋いで、内心ガッツポーズしてたりさ。本屋でまさか若葉と会うなんて思ってなかったから、思わず、隠したし。佑久さんのこと。あいつも本好きだから。しかも、仕事柄もあんだろうけど、すっげぇ人見知り皆無だし。誰とでも仲良くなるから。絶対、佑久さんが本好きな司書さんだってわかったら、俺完全排除で、小説トーク始めるし。  そんで、佑久さんが若葉と……とか、なったらさ。  いやじゃん。 「……」  いや、そもそも、俺が佑久さんのなんなんだって話だけど。  けど、とにかく、俺は単純で、佑久さんが聴きたいって言ってくれただけで、とりあえずアレンジもなんもないけど、楽器もパソで音源も用意してないけど。 「……はぁ」  歌、うたおうって思った。  やば。 「あー……くそ」  動画上げるのってこんな緊張したっけ。  めちゃくちゃ心臓バクつくんだけど。 「……」  聴く、かな。  聴いて欲しいけど……。聴いて欲しくない、気もする。  つか、俺の今までの配信毎日聴いてるって言ってた。なら、チャンネル登録、してる? そしたら、新着って通知いくよな? いや、けど、あの人は仕事してんだし、そうスマホの動画に張り付いてなんていらんないだろ。暇じゃないんだから。じゃあ、まだ聴いてない? 聴いたけどビミョーだった? あんましないアカペラだったし。けど。  ―― あの、アカペラ……のすごくいいなぁって思って、昨日と今日はずっとそれを繰り返し聴いて、ました。  そう言ってた。  でもそんなに得意じゃない。調子に乗り過ぎた。絶対。アカペラよかったって言われて、アカペラで歌うあたり。マジで。 「なぁに、渋い顔してんの? 和磨」 「……市木崎」  講義終わり、ひょこって俺の視界に入り込んできた、市木崎に思わず、むすっとした。 「次、移動」 「んー」 「和磨!」  そこに来たのは俺の配信を聴いてくれてる同じ学科の女子だった。  ずっと初期から聴いてくれてる奴で。 「ちょー! びっくりしたんだけど! 配信! 久しぶりじゃん! 私、通知見て、飛び上がったんだけど」  ほら、やっぱチャンネル登録してあると新着通知いくよな。じゃあ、やっぱ、ビミョーだった? 「何? 和磨、配信したの?」 「そうなの! めっちゃ嬉しい! そっこーでいいねした。んもー、なんでいいね、一回しか押せないの? マジ、百回押したい」 「あは、テンション高い」 「高くなる! ね、だって、すっごい久しぶりじゃん」 「……」  けどさ。  ―― 聴いてねって言ってたから。  俺がそう言ったからって、ずっと聴いてたじゃん? けど、それ知ったの後々のことだし。だから今回も、言わないだけで、ノーリアクションで聴いたかも。 「マジで一日聴いてられる」 「はいはい。ほら、次の講義、どこ?」 「移動するよー」 「和磨も、行くよ」 「……んー」  けど、聴いてないのかも。それか聴いたけどビミョーだったかも。  動画上げてから特に反応ないし。  ホント、単純だよな。  ――オオカミサンの音楽はワクワクする。  そう、また言われたくて、歌ったとか。  歌聴きたいって言われて、歌ったとか。  けど、そのくらい、あの人が――。 「なんだ? なんかトラブル?」 「えー? 何がぁ?」 「ほら、あそこ……」  視線を、市木崎たちが見ている方向へ向けた。 「ぇ? ちょ、大丈夫? なんで泣い、て」  なんか、慌ててた。そんで一人が、泣いてるっぽくて。 「は……なんで、あの人」  心臓が一度大きく跳ねたのが自分でわかった。なんでかあの人が大学にいた。そんでなんでか泣いてるっぽくて。そこに知らない奴がいて、慌てて。 「おい! あんた誰?」  あの人が泣いてることにも、その隣に知らない男がいることにも、心臓がやばいくらいに一回跳ねて、そっからはあんま考えずに動いてた。  マジで頭の中「は?」って、考えるの全部ストップしたまんま、ただあの人を泣かせるのも、隣にいる知らないのも全部、マジで、「は?」だった。

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